第456話 移動中の一幕ですが何か?
東部に向けて放課後、北上を続けるリューとリーンは、翌日も同じように最後に進んだ場所に『次元回廊』で戻り、馬車の馬二頭、そして、御者の男と一緒に再スタートしようとしていた。
御者は馬に馬車を付けて準備をしている。
その間に、リーンは今日進む予定の道の先を広域探索系能力で確認していた。
「リュー、昨日の夜、怪しい一団がこの先にいたじゃない?」
「うん? そういえば、言ってたね」
「……今日もいるんだけど」
「こんな明るい内から?」
「ええ。同じ相手かはわからないけど、同じ場所に同じような数がいるわ」
「……この辺りはスゴエラ侯爵とも親交があるサクソン侯爵派閥勢力の領地だよね?」
リューはスゴエラ侯爵派閥を越えたばかりでそんなに治安が悪くなるものなのかと少し考え込んだ。
「ええ。地図ではサクソン侯爵派閥所属ネイカ子爵領内の外れの辺りみたい」
「……この道は、メインの街道ではないから、治安も多少は悪くなるのだろうけど……。そうなると、この辺りの裏社会の縄張りは『黒虎一家』のはずだから、この辺りの悪い奴らもその辺りかな?」
「普通に考えるとそうかもね。でも、ただ単に治安が悪く、それに便乗して悪さするチンピラがいてもおかしくないわ。うちみたいにきっちりしてるところばかりじゃないでしょうし」
リーンが、『竜星組』と比較してそう評した。
「それじゃ、時間も勿体ないし、道を進もうか。御者さん、絡まれた時は僕達が引き受けるから巻き込まれないようにだけ気を付けて」
「自分もそれなりに腕は立つ方だと自負してますので、迷惑かけない程度には自分の身は自分で守っておきます!」
御者はそう答えると、リューとリーンが馬車に乗り込むのを確認してから、馬車を走らせた。
しばらくすると、リーンが言っていた通り、十人程のチンピラ集団が不格好な柵を左右に立てて道を塞ぐ形で検問の真似事をしていた。
「おっと、そこの馬車止まりやがれ! ──見た事がない形の高そうな馬車だな。……よし、気に入った! 通行税にこの馬車と馬二頭は没収だ。あとは徒歩で行け。荷物が持てないならここに置いていっても構わないぜ? ぎゃははっ!」
チンピラのリーダーらしきひょろっとした長身の男が、リューのところの御者にそう告げる。
そこに他のチンピラ達は馬車を囲むように、広がって近づいて来た。
御者は怯むことなく、馬車から降りる素振りも見せない。
「おい、御者、聞いてんのか!? とっととそこから降りて馬車を渡せ。乗っている奴も早く降りて来い。ここは俺達の縄張りだ、言う事を聞いておいた方が身のためだぜ?」
チンピラのリーダーがそう警告をすると、馬車からエルフの美女が降りてきた。
続いて赤い髪の少年が降りて来る。
「ガキはともかく、そっちのエルフの女は美人だな。よし、その女も置いていけ。なぁに、ちょっと借りるだけだから、気分次第で二、三日で返してやるさ。へへへっ」
チンピラのリーダーがエルフの美女、リーンの腕を掴もうとした。
すると赤い髪の少年、リューがチンピラのリーダーが伸ばした腕を掴んだ。
「僕の従者に、許可なく勝手に手を出すのは止めておいてもらえますか?」
「何だとガキ? おめぇ、死にたいのか?」
チンピラのリーダーは、リューを睨みつけると凄んで見せた。
大体の通行人達はこの脅しで怯えて言う事を聞く。
だが、リューは手を離さないどころか、その手に力を入れていく。
「脅す相手を間違っていないか、三下(一番下っ端の者)。うちの者に手を出したいなら兵隊を連れて来い」
リューは静かだがドスの聞いた声で、啖呵を切ると相手の腕を握り潰す勢いで掴む。
「いてててっ……、何をしやがる!? 離しやがれ! ──ほ、本当に折れるから離して!」
チンピラのリーダーは小さいリューに万力のような力で腕を掴まれると、前屈みになって跪く。
そして、反対の腕でリューを叩こうとしたが、今度はリーンがその腕を掴んだ。
「うちのリューに、手を出そうなんていい度胸ね!」
リーンが今度はその腕を握る手に力を入れる。
リュー程度ではないが、こちらもチンピラーのリーダーの腕を潰しそうな力で握りしめる。
「ぎゃー! 止めてくれ! どちらも折れる! だ、誰か助けてくれ!」
チンピラのリーダーは悲鳴を上げると子分達に助けを求める。
子分達が慌てて助けに入ろうとすると、リーンは何かを察して掴んでいた腕を離す。
その次の瞬間、リューがチンピラのリーダーの腕を掴んだまま、子分達のいる方に投げ飛ばした。
チンピラのリーダーは子分達の頭上を飛び越えて近くの茂みに飛んでいく。
「「「ヒョロの兄貴!」」」
子分達はリューの馬鹿力に恐れおののき、自分達のリーダーが片手で投げ飛ばされた事で、怪我の心配をしてリューどころではなく、リーダーを探しに茂みに走っていく。
「じゃあ、行こうか」
リューは何事もなかったかのように、リーンと御者を促す。
「待ちやがれ!」
子分の一人が、リューを制止する。
「俺達が誰か知っているのか! 俺達はあの『黒虎一家』に最近声が掛かってその末席に入れてもらったばかりのヒョロ一派だぞ! 兄貴がやられたとわかって、ただで済むと──」
「看板を語る前に、自分の腕を示せ。それが出来ないなら、引っ込んでいた方が身のためだよ?」
リューは凄むでもなく、ただ淡々とだが、相手にとてつもない威圧の気配を与えながら警告した。
子分はその威圧にヘタッと座り込むと、その場でお漏らしする。
他の子分もリューの言葉に生唾を飲み込み、怖気づいた。
「文句が無いようなら、これで失礼します。もし、ここでまたふざけた真似を続けているようだったら、次はないですよ」
リューは、ニッコリと笑みを浮かべて最終警告をすると馬車に乗り込む。
リーンも続いて乗り込むがこちらは何も言わない。
リューが言った事が全てという事だろう。
馬車は走り出し、アッという間に見えなくなった。
「……俺、足洗うわ……。あのヒョロの兄貴が同業者としか思えない子供に片手で投げ飛ばされるような世界で生きていく自信がねぇ……」
「……でも、これからどうする? 職もないのに食ってけないぞ?」
「だよな? 食えないからヒョロの兄貴の誘いに乗ってこんな事始めたのによ」
「南東部にはベイブリッジ伯爵領とかスゴエラ侯爵領とかランドマーク伯爵領なんかが景気が良くて治安も良いらしいぜ? みんなでそこに行って仕事探さないか?」
「……そうだな。ヒョロの兄貴が目を覚ましたら、みんなでやり直そう。あんな化け物を相手にする裏社会よりはマシだ」
チンピラ達は今後の生き方をリューによって変えられると、リーダーを説得して未練もない地元を離れるのであった。
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