第436話 娯楽施設ですが何か?

 リューが治めるマイスタの街北の郊外。


 近くの森の中には、塀に囲まれた農園が広がり、その周囲にも大きな生産工場がいくつも建設されて軒を連ねている。


 日中はマイスタの街の住人が働く為にこの場所を朝早く訪れ、夕方には家へと帰っていく光景が珍しくなくなっていた。


 その北部の森を一部切り拓いて、大きな敷地が新たに確保されようとしている。


「あの切り拓いた土地どうなるんだろうね?」


「私は新たな工場が建つって聞いたわよ?」


「そうなのかい?俺は実験場って聞いたけどな?」


 工場の休憩所で主婦達が話しているところに、従業員の男が口を挟んだ。


「「「実験場?」」」


 主婦達は興味を持って聞き返す。


「街内の木工屋通りで最近、時折大きな音がしてるだろう?それの大掛かりなものを新たな土地に建設するって誰か言ってたぞ?」


 それはマイスタの街の木工屋通りの元資材置き場内から聞こえる音の事であった。


「ああ。そう言えば、聞いた事があるわ。その近くを通ると何かの衝撃音やゴロゴロと何かが転がるような音が日中響いてくるの。ここに仕事をもらえたから最近、聞いてなかったわ」


 主婦の一人が思い出したように答える。


「結局何の実験場なんだい?」


 他の主婦が謎の音が鳴る実験場の正体を聞く。


「さすがにそこまでは知らねぇよ。詳しくは街長である若様に聞いてみないとな」


 従業員の男は結局、中途半端な情報を主婦達に提供した後仕事に戻るのであった。



 その謎の音が日中鳴り響いている木工屋通りの元資材置き場跡地。


「これで完成だね!」


 リューは視察の為にこの場所に来ていた。


 手には木工職人から受け取った穴の開いた球体を持っている。


「それにしても本当に大丈夫かしら?音はうるさいし、難しいし、その『ピン』?を立てる作業をする人も一つ毎に一人は必要だから、あまり利益は見込めないんじゃないの、この『ボウリング』という遊び」


 リーンが鋭い指摘をする。


 そう、リューは元資材置き場の一角にボウリングのレーンを作って、日夜、職人達に改良をお願いしていたのだ。


「そこは考えたよ。一つのレーンの利用者は最低でもグループ三人以上を条件にして、一人が投げて、ピンを倒す。そして、もう一人が、ピンを定位置に戻す。もう一人が、ボウリングボールを戻す。これをお客さん内で交代でやってもらうんだ」


「なんだか面倒臭いわ」


 リーンはしっくりこないのか、そう応じた。


「でも、その分、場所と道具の使用料のみに安く抑えられるから、娯楽としては結構楽しめると思うんだよね」


 リューはリーンに利点についても説明する。


「これは奥が深いですよ。一投目で綺麗に倒せないと、二投目がとても難しいんですが、それを倒せると気持ちいいです!」


 スードが、そう言いながら、ボールを投げてピンを倒した。


「おお、上手いね、スード君!」


 リューが褒める中、スードが倒した全部のピンを待機していた職人が定位置に戻す。


「各レーンには、ボードを用意して、ルールの記述や遊び方を絵なんかで説明したり、待機している従業員が点数を計算したりするから、何も考えずにピンを倒して遊べるよ」


 リューは身振り手振りでリーンに説明を続けて、穴の開いたボールをリーンに渡す。


「私はこれよりも、あっちで職人さん達がやってた小さいボールを、木の棒で突く遊び、ビリヤードだっけ?──あれの方が楽しそうだけど」


 リーンはボウリングボールを受け取ると綺麗なフォームで投げ、スピンのかかったボールはカーブを描きながらピンを全て倒す。


「おお!フォームがボウリングの女王、中山○子さんっぽい!」


 リューが前世の古い世代しかわからないボウリングのネタを口にした。


「ふふふっ。器用な私なら当然でしょ?──でも、誰よ、それ?それに、ボウリングの女王なんて称号があるの?」


 リーンは褒められたのは嬉しかったが、照れ隠しにつっけんどんな態度で聞き返す。


「どんな遊びでも極めれば、その王様にも女王にもなれるのさ」


 リューは自分で言って、良い事を言った気分になった。


「王様や女王を名乗ったら、本物に怒られるわよ?」


 リーンはもっともな事を指摘する。


 この世界には王様も女王も本物が存在するから、○○の女王などと名乗るのは不敬になりかねないのだ。


「そうだった……。まぁ、奥が深い遊びだから一度ハマったらみんなやってくれると思うんだよね」


 リューは気を取り直して、今度は自分が投げてピンを倒す。


 だが、両端にピンが残ってしまった。


「あちゃー、主。あれは無理ですよ。自分もさっき挑戦して無理でした」


 スードが、ボウリング用語でいうところのスプリットを指差して手を振る。


「ふふふ……。それを倒して見せるのがボウリングの奥深さだよ!」


 リューは職人から渡されたボールで二投目を放った。


 リューが投じたボールは右端のラインぎりぎりを転がっていく。


 そして、ピンの端に軽く触れるように通過した。


 するとピンはもう一方の端のピン目がけて飛ばされて当たり転がった。


「当たった!──凄いです、主!」


 とスード。


「す、凄いわ、リュー!」


 リーンもさすがに無理だと思っていたスプリットをリューが倒したの絶賛した。


「これが、ボウリングの真骨頂だよ!」


 リューは前世の廃業したボウリング場を貸し切りにして練習しまくった事を懐かしく思い出しながら、どや顔するのであった。



 こうして、マイスタの街の郊外、工場の労働者が多い一角にボウリング場が建設される事になった。


 いつも通り、リューとリーンが土魔法で、形を作り、職人達が細かい部分を作業していく。


 レーンは木工職人達が腕によりをかけて磨き上げ、完成させる。


 これらの作業を一週間ほどで行い、ついに学園の休みの日、マイスタの街郊外に堂々オープンするのであった。

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