第435話 土下座ですが何か?
リューはサムスギン辺境伯と対峙して微動だにしない。
「聞いていたのと大分印象が違うが、肝は据わっているようだな」
サムスギン辺境伯は、そう言うと先程までの謝罪姿はどこへやら、リューと向かい合う。
「……それで、ご子息のルーク君は謝罪する気持ちはあるのでしょうか?見た限りだと、その気がなくて殴られたみたいですが」
本当は一番関わりたくなかった北部派閥の雄を相手にリューは、気分を切り替えて応じた。
「うちのバカ息子は頭が固くてな。情報をろくに精査もせず、勝手なイメージをミナトミュラー男爵に抱いていたようだ。俺がこいつを殴ったのは勇者の坊主にまでそれを押し付けて学校で問題を大きくしていたからだな。学園長にも警告されたとあってはサムスギン辺境伯の嫡男の経歴にも傷がつくから俺が出張って来たのだが……、うちの息子も相手が悪かったようだ」
サムスギン辺境伯はリューをじろっと睨んでいたが、破顔一笑した。
「それで、これまでの件について、ご子息はどう落とし前を付けるつもりでしょうか?」
リューはぐったりしているルークに視線をチラッと向けて聞く。
サムスギン辺境伯は息子ルークの襟を掴むと、頬を張った。
パン!
という高い音が会場に響き渡る。
それでぐったりしていたルークが目を覚ました。
「しっかりしろ、ルーク。ミナトミュラー男爵にちゃんと謝罪しろ」
サムスギン辺境伯は、そう言うとその場にルークを土下座させた。
くっ!
ルークはまだ、反省には程遠い反応だ。
すると、サムスギン辺境伯が頭に拳骨を落とす。
ごつっ!
今度は鈍い音が場内に響き渡る。
「ひいっ!」
ルークは頭を抱えてその場で悶絶すると、涙目だ。
そして、
「……これまでの無礼、すみませんでした……」
とリューに対して頭を下げるのであった。
会場の貴族達はこの光景をずっと息を飲んで見ていた。
北部派閥最大勢力の長であるサムスギン辺境伯とミナトミュラー男爵の間で何があったのかはわからないが、リューが対等に応じてその果てには嫡男であるルークに土下座させるという図式に誰も口を開けない。
謝罪に対してリューがどう応じるかを、全員が注目した。
「……これ以上僕も揉めたくないので、これでお互い水に流しましょう。ですが、学園の処罰については僕からは何も言えません。そこは学園長次第かと」
「それじゃあ、僕は謹慎になるじゃないか!」
ルークは下げていた頭を上げて、言い募る。
「自分の行いの責任は自分で取るのが筋ですよ」
リューはサムスギン辺境伯に遠慮する事無くルークにそう告げた。
サムスギン辺境伯も黙ってそれを見ている。
ルークはこれ以上言うと父親の拳骨がまた飛んでくると判断したのか押し黙った。
「これで問題は解決したな。久しぶりに王都に来たが、たまに来るのも悪くない。ミナトミュラー男爵。今度は、親のランドマーク伯爵と引き合わせてくれ。お主をどう育てたのか聞いてみたい。わははっ!」
サムスギン辺境伯はリューの背中を荒っぽくバンバン叩くとルークの腕を掴んで立たせた。
そして続ける。
「みなさんパーティーの邪魔をしたな。我々は退散するがしばらく俺は王都にいるので、また、会う機会があればその時はよろしく頼む。それでは失礼した」
サムスギン辺境伯はそう告げると、ふらふらのルークを引っ張って会場を後にした。
それまで緊張に包まれた会場であったが、サムスギン辺境伯がいなくなると安心感からか、和やかな雰囲気に戻っていく。
「いやはや、あれが北部派閥最大勢力の長か……。今日、一目見れたのはついていたな」
「独特の雰囲気を持つ御仁だったな……」
「王都には滅多に顔を出さない方だからな」
会場の貴族達は台風のように現れ、あっという間に去って行った大物来訪者を話題に話が盛り上がり始める。
そして、
「それにしても──」
と来場の貴族達は思うのだ。
あのサムスギン辺境伯相手に一歩も引かないで対等に応じ、嫡男に土下座までさせたミナトミュラー男爵は何者なのだと。
今、王都で勢いに乗っている新興貴族である事は、よくわかっている。
それは周知の事実だ。
だが、肝の据わり方が、並外れている。
まだ、十三歳のはずだ。
「おや?みなさんは知りませんでしたか?」
情報通な貴族が周囲の貴族に意味ありげに言う。
「「「何をですかな?」」」
「──ミナトミュラー男爵とその本家のランドマーク伯爵は、お二人共王家から『王家の騎士』の称号を賜っているのですよ。本人達はそれを誇示するつもりがないようですので、知らない方が多くても仕方がない事ではありますが……」
「「「お、王家の騎士!?」」」
「そんな特別な称号を貰った貴族など、近年聞いた事がありません。そのように王家に特別扱いされるミナトミュラー男爵ならばサムスギン辺境伯相手にも怖気づく事なく堂々としている事にも納得がいくというものでしょう?」
情報通の貴族がとっておきの情報を自慢げに語ると、
「「「おお……!」」」
と他の貴族達も唸る。
「なるほど……。背後に王家がいるのならば、相手が北部派閥の雄でも怖気づく必要はないですな……」
「そんな称号を貰えるとは……、あとでまた、ミナトミュラー男爵には挨拶しておこう」
「ランドマーク伯爵とは以前お会いした事があるが初耳だ……。もっと親しくなっておかねば……!」
貴族達はただでさえ、一目置いている少年男爵に、より一層興味をもってこの時を逃すべきではないと、上級貴族も我先にと押し合ってリューに話しかけはじめるのであった。
「ミナトミュラー男爵にはいつもながら驚かされます」
オイテン準男爵が傍にいたリーンに話しかけた。
「ふふふっ。リューは、やる時はやるのよ!」
リーンはリューの代わりに胸を張って自慢する。
「本当ですな。私などは肝が冷えましたよ。さすがはミナトミュラー男爵というところですな」
オイテン準男爵は一度苦笑すると、多くの貴族達に囲まれてあたふたしている歳の離れた友人の度胸の良さを称賛するのであった。
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