第434話 大物登場ですが何か?

 壁際の隅っこにいたリュー達の周囲には徐々に人だかりができはじめていた。


 リューの人気もそうだったし、王都にはその姿を見せる事は珍しくその関係者にも会える機会がないエルフの英雄リンデスの娘もいた。


 オイテン準男爵はどこにでも顔を出しているので、下級貴族以外でもその顔を見知っている者は多かったし、それらと一緒に落ち目とはいえ、名家であるオチメラルダ公爵家の令嬢までいる。


 この機会にどんな人物か興味を持つ者は意外に多く、出来たら交流を持てれば何かと得だろうと考える者が集まって来ていた。


 オチメラルダ公爵令嬢エミリーにとって、こんなに自分の周囲に貴族が集まり声を掛けられるのは初めての体験だった。


 両親は名家の名にしがみ付いて未だに浪費癖は治らず贅沢していたから、家は傾いていた。


だから、そういう事に鼻が利く貴族達は近づいて来なかった。


 王立学園で勇者エクスの取り巻きになってエミリー個人の人気は上がったが、それは勇者エクスあっての事もあり、自分自身に対して本当に興味を持つ者は少ない。


 それがミナトミュラー男爵の友人扱いされると、たちまち人が集まってくるのだ。


 それにちゃんとオチメラルダ公爵家の人間として扱ってくれているから、公爵家とは名ばかりの扱いを受けて来たエミリーにとってそれは嬉しい事であった。


 そのような状態であったから、壁際に出来た人だかりからリューと本家であるランドマーク家、エルフの英雄リンデス、オチメラルダ公爵家を賛美する声がパーティー会場中に聞こえてくるのであった。


「僕らはともかくとして、エミリー嬢が上機嫌なのは良かったね」


 嬉しそうに貴族達の相手をしているエミリー・オチメラルダを見て、リューは満足する。


 リューとしては、オチメラルダ公爵家には、これ以上落ち目になって欲しくないのだ。


 少しでも過去の栄光を取り戻してもらう事がリューにとってもエミリー嬢にとっても利益になる事であったから、エミリー嬢の評価が貴族内で上がるのは素晴らしい。


「そうね。でも、私のところに来られても困るのだけど」


 若い貴族達が、言い寄って来るのでリーンはいい加減うんざりして来ていた。


「あはは……。これもパーティーの醍醐味……、なのかな?」


 リューはリーンの愚痴に苦笑しながら答える。


「ミナトミュラー男爵。大物が飛び入りで訪れたようです」


 オイテン準男爵が、リューに背後から耳打ちした。


 その言葉にリューとリーンは反応する。


「……あれは誰かな?」


 リューは出入り口の方の人垣がその人物によって割れていくのを確認した。


「話し声からすると、サムスギン辺境伯ですって」


 リーンがその耳の良さから他の貴族の会話を聞いてリューに耳打ちする。


「サムスギン辺境伯……!?」


 本当に大物が来た事にリューは驚く。


 サムスギン辺境伯は北部派閥最大勢力を率いる長であり、国内でも指折りの勢いを誇る。


 そして、王都には全く近づかない事から、何を考えているのかわからないところがあった。


 それだけに、王都のそれも雑多なパーティーに現れるなど誰も想像だにしなかったかもしれない。


 そのサムスギン辺境伯は青色のたてがみのような髪型に、左目に眼帯をした金色の隻眼、そしてその体格は貴族の間では頭一つ抜けて大きいから目立つ。


 その辺境伯は左右を見渡し、会場内を物色するとリュー達のいる人混みに気づいて、興味を持ったのかこちらに向かってきた。


 辺境伯が歩くと誰もが道を開ける。


 そして、リューの元まで道が開き、その瞬間、リューはある事に気づいた。


 辺境伯が何か引きずって歩いている。


 どこかで見た相手だ。


 それにいち早く気づいたのは、エミリー・オチメラルダだった。


「ルーク!?」


 そう、サムスギン辺境伯が息子であり嫡男であるルーク・サムスギンの襟を掴んで強引に引きずっていたのだ。


 サムスギン辺境伯は、自分の嫡男を掴んだまま、リューの目の前に放り投げた。


 投げられたルークの顔面には殴られた跡があり、顔が腫れている。


「ふむ……。お主が噂のミナトミュラー男爵か?」


 サムスギン辺境伯はリューを見てすぐに気づいて確認して来た。


「……はい」


 リューはこれから何が起きるのか全く分からず、返事だけする。


「俺はサムスギン辺境伯と言う。この度はうちのバカ息子がかなり失礼な事をしでかしたようですまなかった。エクスの坊主もうちの息子の言う事を鵜呑みにして馬鹿な事を言うから、とりあえず殴ってはおいた。本当にすまんな」


「え?」


 リューはこの状況が読めなかった。


 なにしろ相手は北部最大派閥の長である。


 それに二年生になってこの一か月散々嫌がらせをしてきていたルークの親だ。


 いきなり謝罪されるとは思わなかった。


「王立学園の校長を務める老師とは親しい間柄なんだがな。うちのバカ息子について、手紙をもらった。厳重な処罰を与えないと示しがつかないとな。事情も詳細に書かれていて理解している。それだけに親として俺も情けなくなった。だが、それでもこいつは俺の息子だ。可愛いのだよ。だから、息子と一緒に謝罪に来た。本当にすまん!」


 サムスギン辺境伯が頭を下げる姿を見た者など、今までここにいる貴族は誰もいなかったかもしれない。


 だが、それが今、目の前で弱冠十三歳の少年男爵に頭を下げている。


 誰もが息を飲んでその光景を見守るのであった。


 リューはぐったりして顔を腫らせたルークを見る。


 エミリー嬢が急いでルークの顔の治療をしているのを視界に入れながら、答えた。


「サムスギン辺境伯。ご挨拶が遅れました。初めてお目にかかります、リュー・ミナトミュラーと申します。子供の揉め事に親が出てくるのは感心致しません。それに謝罪なら本人からではないと許す、許さないもないかと」


 リューは謝罪と言いながら、かなりの圧を掛けていたサムスギン辺境伯の態度を意に介さず答えた。


 周囲は大きくざわついた。


 相手はあのサムスギン辺境伯である。


 その人が頭を下げて許しを乞うているのに、リューはそれに対して子供の喧嘩に口出しするなと答えたのだ。


 驚かない方がおかしいだろう。


「……ほう。……確かにそうだな。──オチメラルダ嬢、それ以上は治療してくれるな。うちのバカ息子を許してもらう為の演出が半減する」


 サムスギン辺境伯はふてぶてしくそう言うと、リューの前に大きさ以上の威圧感を以て仁王立ちするのであった。

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