第431話 傾倒のようですが何か?

 南部エルザの街の縄張りを巡る抗争は終わり、南部周辺で活動していた直属の数百名の部下達は久しぶりの凱旋となった。


 お陰でかなり動かせる人員が一気に増えたわけだが、さすがにリューも鬼ではない。


 南部から帰ってきたばかりの部下達をまたすぐに各部署に向かわせるような事はしなかった。


 その代わり、職人として働いてもらう。


「リューも鬼ね。半月くらいみんなに休み上げればいいのに」


 執務室でリューが人事の再配置の書類にサインをしているのを、後ろで見ていたリーンはそう指摘した。


「気持ち的にはそうしてあげたいけどね。みんなやる気満々だからなぁ。それに部門によっては今回の件で人手不足になって作業が遅れていたところ、指導者が不足して新たな計画に移れないところなんかもあるからね。うちの直属の部下達も今やこのミナトミュラー家の屋台骨になる人材ばかりだから遊ばせておくわけにもいかないんだよ」


 リューは好景気であるマイスタの街の忙しさに苦笑いするしかなかった。


 どこかの部門の人手不足が埋まったと思ったら、事業拡大ですぐに人手不足が他で起きるのは日常茶飯事であったから、リューが困るのも仕方がない。


 一応、幹部達であるランスキー、マルコ、ノストラ、ルチーナに人材確保はお願いしているのだが、質を考えると中々難しい。


 ランドマーク本領へ若人達を送り込み更生……、もとい、育成するにしても素質もあるし、時間もかかるから急には増えないのが難点だ。


 今回の南部抗争のように、シシドーのような優秀な部下にある程度お金を持たせて丸々任せる事もこれから必要になってくるだろう。


 リューはそう考えると、メイドのアーサが淹れてくれた『コーヒー』を啜りながら愚痴を漏らした。


「良い人材落ちてないかなぁ」


「いるじゃない。うちはかなり人材に恵まれていると思うわよ?」


「そうだけど、みんな忙しくしているじゃない?シシドーに南部を任せたように、北部や西部、東部を任せる人物も追加で欲しいなって」


「西部は将来的にラーシュに任せれば?」


「ラーシュは商人として大成する目標があるから、それに協力してあげたいんだよね。だから無理は言えないかな」


「北部はオチメラルダ公爵家のエミリーやライハート伯爵家のレオーナかしら?」


「いや、彼女達、勇者エクス・カリバール男爵の仲間じゃん」


「でも、エミリーはルーク・サムスギンのやり方に反感を持ち始めているんでしょ?レオーナは私のところに謝罪の手紙来てたし」


 リーンはしれっととんでもない情報を口にした。


「え?そうなの!?エミリー嬢はともかくとして、レオーナ嬢の話聞いてないけど?」


「だって今朝届いた手紙だもの。言うのは初めてよ」


「それで内容は!?」


「謝罪から始まって私の弟子になりたいとか、リューはもっと強いのかとか質問が多い内容だったから途中までしか読んでないわ」


「ちょ!ちょっとリーン!その手紙見せて!」


 リューが食いついて来るものだから、リーンは腰の荷物入れに入れたままの手紙を渡した。


「何々……」


 リューはざっと手紙に目を通した。


 確かに、自分に関する質問もあるが、ほとんどはリーン個人への質問が多い。


 最後の方ではリーンの事をお姉さまと呼んでいいかと踏み込んだ内容になっている。


「……これは、あれだね。リーンは後輩にかなり慕われているみたいだね」


 完膚なきまでに圧倒的な実力差を見せつけられたレオーナは、リーンを尊敬の対象にしたようだ。


 これまでは勇者エクスに向けられていたものが、リーンに移ったようである。


「え?最後の方ってそんな内容なの?」


 リーンは最後まで読んでいなかったのだろう、リューから手紙を返してもらうと読み直す。


「レオーナって強いと思うけど、まだ、人に教えられた剣なのよね。リューみたいに自分のものにしていないというか。やっぱり経験の差かしら?」


「はははっ……。僕はまだ、十三歳だからね?レオーナ嬢は一年生だけど年齢はあっちが二つも上だから」


 前世の知識分大人びているところがあるリューではあるが、体は思春期の少年だから精神が肉体に引っ張られ、妙な拘りを見せるのであった。


「そうだったわ。リューは見た目はかわいいのにやる事が普通じゃないからすぐ忘れちゃう」


 リーンは自分の主であるリューをそう評するとクスクスと笑うのであった。


「人の事笑っていられるのも今の内だよ、リーン。ふふふっ!」


 リューは意味ありげに笑う。


「?」


 リーンはリューの意味するところが分からず頭に疑問符を浮かべた。


「多分レオーナ嬢は、リーンの強さにかなり惚れ込んでいるとみたね。これからも剣の試合とか申し込まれるかもよ」


「どうしてそうなるのよ。私の圧勝だったじゃない」


「だからだよ。彼女、剣の道にのめり込んでいる人っぽいじゃない?それに同性で自分より強い相手って初めて遭遇したと思うんだよね。その感動のドキドキを勘違いしていてもおかしくないと思うんだ」


「……増々言っている事がわからないわよ?」


「リーンに傾倒しちゃうって事だよ」


 今度はリューがクスクスと笑う。


「傾倒って……、え?そういう事!?……レオーナの気持ちの誤解をどう解いたらいいのかしら……?」


「レオーナ嬢のそちらの経験値は手紙の内容から察するところ、まだ、お子様レベルだから自覚するのには時間が掛かるかもね。ちゃんと相手してあげないと傷つけるよ」


 リューの言葉に珍しくリーンは困った表情を浮かべたが、次の瞬間にはすぐに答えを出した。


「でも、私はリューの従者だから、傾倒されても相手は出来ないわ」


 リーンはきっぱりと答える。


「……さすがリーン。迷いは一瞬だったね。はははっ!」


 リューはいつものリーンである事を再確認して笑って喜ぶのであった。

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