第418話 疑念が膨らみますが何か?

 この日、ランドマークビルでは、一つの商談が行われようとしていた。


 父ファーザにレンド、与力のリューとマーセナル、いつものリーンに対し、西部地方から訪れているドイアーク伯爵は執事と与力の男爵を伴ってきている。


 ドイアーク伯爵は、一見すると茶色いオールバックの髪に、青い眼、すらっと背が高く、爽やかで知的な印象の紳士だ。


 執事は金髪、巻き毛、背が少し低い小太りで、その眼光は鋭い。


 与力の男爵は茶色の髪に、細目の瘦せ型であり、部屋に入ってきて、ファーザ達一同の顔ぶれを値踏みするように視線を向けてきた。


 父ファーザはドイアーク伯爵に挨拶すると握手を交わす。


「ようこそお出でくださった。私がファーザ・ランドマークです」


 作り笑顔ではあるが、ファーザは最低限の礼儀として挨拶した。


「こちらこそ、この度は会って頂けて感謝しますよ、ランドマーク伯爵」


 ドイアーク伯爵は、それに対して笑顔で応じた。


 二人は早速、席に座り、社交辞令をいくつか交わした後、目的について詳しく話を聞いた。


 ドイアーク伯爵は今回王都を訪れたのは、定期的な訪問であったからだという。


 他の貴族のパーティーでランドマーク伯爵の勢いについて話題になっており、興味を持ったとか。


 そして、その扱う商品の数々が斬新でどれもが興味深く、西部地方でも広める事が出来れば良いと思っている。


 もちろん、商売として十分な利益が見込まれるからと、最後に本音を冗談っぽくいう事も忘れない。


 ここまでは父ファーザとドイアーク伯爵の商談は普通であった。


 お互い前知識での悪感情以外では悪い印象はなく、どちらかというと印象的には良い方だろう。


 リューは父ファーザの横で黙ってその様子を窺っていた。


 リューの背後にはマーセナルとリーンが立っているが、二人は静かに待機している。


「ひそひそ(マーセナル。ドイアーク伯爵の横に座っている与力の男爵が誰かわかるかな?)」


 リューは口元を隠すと、背後の執事に質問した。


「ひそひそ(あの者はハーメルン男爵。ドイアーク伯爵躍進の立役者の一人とされる右腕で、以前の私の主人親子を死罪に追いやるきっかけになった男です……)」


 リューの執事であるマーセナルはリューの質問に対し、表情一つ変えず答えるものの、その心中は察して余りあった。


 マーセナルの前の主人、ニンゼン準男爵は、与力貴族としてドイアーク伯爵に仕えていた。


 当時、優秀な主人は同じく優秀な執事マーセナルの支えもあって、領地の改革を行い豊かにしていた。


 その勢いは寄り親であるドイアーク伯爵が注目する程であったから、かなりの活躍だったようだ。


 そんな中、同じ与力であるハーメルン男爵との間で抗争が起きていた。


 それはハーメルン男爵の一方的な言いがかりによるもので、ニンゼン準男爵はこれを否定するも、ハーメルン男爵はその否定をニンゼン準男爵が罪をもみ消すつもりであると追及。


 そこから抗争になったものだ。


 もちろん、不毛な争いに意味がないと思ったニンゼン準男爵は、寄り親である伯爵に仲裁を願った。


 だが、その前に一足早くハーメルン男爵が伯爵に訴え出ていた。


 それがニンゼン準男爵がドイアーク伯爵の名を利用して不当に稼ぎ、その利益で主家である伯爵家を乗っ取ろうとしているというものである。


 ハーメルン男爵は、その証拠なる書類や手紙の数々を提出。


 ドイアーク伯爵はそれを信じて、ニンゼン準男爵を捕縛、謀反の罪でニンゼン準男爵と家族である妻や子息は処刑された。


 執事であったマーセナルは領地の管理運営をしていたから業務の引き継ぎに必要という事で免責されたが、引継ぎが終わると体よく追い出され、失意の中、故郷であるマイスタの街に戻ってきたというのが、これまでの経緯である。


 だがハーメルン男爵が用意した証拠は全て偽造だった事はマーセナルはわかっていた。


 まんまと嵌められたのだ。


 寄り親であるドイアーク伯爵はその偽造された証拠の数々にハーメルン男爵の主張を全面的に信じた。


 というのが、部下を使い調べてわかった事であるが、リューは少し、疑問に思う事もあった。


 それは、一部入手した偽造証拠の内容が、本当によく出来ていたからだ。


 偽造されたというドイアーク伯爵のサインも真贋が難しいくらい精密なもので、あらゆる優秀な技術者を抱えるマイスタの街の職人に偽造させても、これ程精巧なものが作れるだろうか?というほどであった。


 そうなると、考えられる事は限られてくる。


 それは証拠が本物で、ニンゼン準男爵は本当に謀反を起こそうとしていたという事だ。


 だが、マーセナルの人柄を知っているリューにとって、その可能性は「零」であった。


 そうなると、答えは一つである。


 偽造したサインというのが本物だったという事だ。


 どういう事かというと、マーセナルは元主人であるニンゼン準男爵が、ハーメルン男爵に嵌められたと思っているが、本当はそれが寄り親であるドイアーク伯爵自身によるものだったとしたら?


 それなら、偽造するまでもなく、伯爵本人がサインをしたその書類を、ニンゼン準男爵が偽造した事にすればいいだけだ。


 それなら、精密な偽造証拠など簡単に出来る。


 つまり、マーセナルの仇はこの目の前に涼しい顔をして商談をしているドイアーク伯爵ではないかと疑ったのであった。


 とはいえ、まだ、証拠は不十分で予測の域を越えないのも事実。


 部下を使って調べさせてはいるが、まだ、正確な判断をする為にはもう少し情報が欲しいリューであった。


「──なるほど。リュー、お前はどう思う?ミナトミュラー商会酒造部門にもいい話だと思うが?」


 ドイアーク伯爵との商談を続けていた父ファーザはリューに話を振ってきた。


「そうですね。まだ、情報不足なので判断はしかねます。──ところでドイアーク伯爵はあとどのくらい王都に滞在予定ですか?」


 リューは、話を逸らすと、ドイアーク伯爵に質問した。


「あとひと月はいる予定だ。それまでにはこの商談をまとめたいところですな。はははっ!」


 ドイアーク伯爵は爽やかに笑う。


 だが、リューにはマーセナルの件で疑問が大きくなりつつあり、この爽やかな笑い声も疑わしく聞こえるのであった。

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