第417話 知っている名前ですが何か?

 現在、本家であるランドマーク商会は王都において、指折りの大商会として名が上がるようになっている。


 大小のあらゆる荷物の配達から、人の移動における運搬業部門では、王都ですぐに一番になっていたし、『コーヒー』の知名度も紅茶に並んで抜群であった。


 そして、地味に生産を伸ばしていたのが水飴で、本家の領内のみならず、与力であり、下請けにあたるミナトミュラー商会本部があるマイスタの街の工場は、拡張に継ぐ拡張で増産体制であった。


 やはり甘いものは嗜好品として、人々から愛されるものだったし、高級な砂糖と違い手頃な価格で取引されている事がさらに売り上げを加速させていた。


 そして、それを扱ったデザートを提供しているのがランドマーク商会の飲食部門であり、現在ランドマークビル以外にも少しずつ支店を増やしていこうという計画がある。


 その主家ランドーマーク伯爵家の与力であるミナトミュラー男爵家は酒造業と土木業でその規模は与力貴族の商会とは思えない程の勢いであったし、ランドマーク商会の下請けとして、製造業でも実績を大きく上げていた。


 だから与力を含めて総合的にランドマーク商会の規模は王都でも新鋭ながら、無視できない存在として地方にも名が広まっているのであった。


「リュー。明後日の午後、とある西部地方の貴族と商談の予約が入っているんだが、ミナトミュラー商会の代表としてお前も出席してくれないか?」


 放課後、一旦自宅に帰ってきたリューが父ファーザに声を掛けられた。


「西部地方の貴族?何の商談なの?」


 イバルを丁度、日課になっている南部への送迎直後にリューは聞き返した。


「うちのブランド商品を一式、西部地方で販売する為の委託契約を結んで欲しいらしい。それは与力であるリューのところのお酒や、製造している商品も関わってくるからな」


「リーン。明後日の予定はどうなっているかな?」


 リューが従者であるリーンに確認を取った。


「明後日はいつも通り、イバルの南部への送迎、そして酒造部門の視察、竜星組本部に顔を出してから街長邸入りして書類仕事。あとは地元ギルド数人と食事を兼ねての面会があるくらいね」


 リーンはスラスラとリューの日程を口にする。


「イバル君の送迎は絶対だからやるとして……、あとは日程をずらしたり、キャンセルできるかな。面会は『次元回廊』でこっちから直接移動するから間に合うよね」


 リューは少し考えると、答えた。


「わかったわ。執事のマーセナルに伝えておくわね」


 リーンは頷く。


「うん。──お父さん、明後日、大丈夫だよ。それにしても西部地方の貴族って誰なの?あそこは結構派閥が多かったと思うけど」


「リュー、急ですまないな。──どうやら、西部派閥の一つに所属するドイアーク伯爵家の当主がこの王都に来ているらしくてな。うちの商品を気に入って商機だと思ったらしい。まあ、似た話は最近多く来ているから契約を結ぶかどうかは何度か話して決めるつもりではいるが、明後日がその初日だ」


「ドイアーク伯爵家?どこかで聞いた事があるような……、無いような……?」


「……私も同じ事思ったわ。いえ、聞いた事はないけど、誰かの話を調べていて名前が出てきた気がするのだけど……。何だったかしら?」


「何だ二人共、聞き覚えがありそうなのか?私は知らないから執事のセバスチャンに聞いたら、西部地方で力を付けている、比較的に伯爵家としては歴史が浅いが新進気鋭のところらしいぞ」


「さすが、セバスチャン。相変わらず博識だよね。でも、うちの執事マーセナルも博識だし、西部地方出身だから詳しく知っていると思……、うん?」


 リューは最後まで言いかけて、止まった。


 リーンもリューの言葉に何か引っ掛かったのか「あれ?」となる。


 そして、


「「あ!」」


 とリューとリーンの二人は目を合わせて、合点がいったような声を上げた。


「「執事のマーセナルが以前仕えていた貴族の寄り親だ!」」


 二人はようやく喉の奥に引っ掛かっていた名前が出て来た。


「リューのところの執事というと……、当主と妻、そして嫡男が無実の罪を着せられて死罪になったという……」


 父ファーザはリューから聞いていた事を思い出して眉間に皺を寄せた。


「……うん。マーセナルは詳しく話してくれなかったから、最近、うちで調べさせていたんだけど、先週報告書で読んだ名前だから間違いないと思う」


 リューは報告書の内容を思い出しながら答えた。


「マーセナルがその主君の遺言で復讐を断念した相手よね?──ファーザ君、何でそんなところと商談するのよ!」


 リーンが古い友人でもあるファーザを非難した。


「知らなかったのだから仕方がないだろう!それに手紙の内容を見る限りは紳士的で合理的な人物だと思ったのだ。セバスチャンもレンドも同意見で会う事にしたのだぞ?」


 急に非難の的になった父ファーザは慌てて言い訳した。


「まあ、まあ。お父さんを責めちゃ可哀想だよ、リーン。──当日、うちの執事のマーセナルを同席させていいかな?」


「それはまあ、構わないだろう。あちらも右腕の与力貴族と執事を同席させると言っているからな。……だが、大丈夫か?お前のところの執事は色々思い出して辛い思いをするかもしれないが?」


 父ファーザは心配げに答えた。


「ううん。マーセナルも、いつまでも過去に囚われているわけにいかないと思うから、いいきっかけになるかもしれない。それに、西部地方の知識があるからアドバイスも貰えると思うし」


「そうか……。それならいい。では明後日。頼むぞ」


 父ファーザはそう答えると、実家のランドマーク本領に、リューの『次元回廊』で帰宅するのであった。

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