第416話 試乗ですが何か?

 この日、リューはリーン、スード、そして王女リズの四人で馬車に揺られていた。


 向かう先は王城である。


 ランドマーク家が主体となっている新たな馬車や三輪車の開発で王都の交通事情はがらりと変わり始めていた。


 その為、旧式と新式の馬車の性能は大きくかけ離れており、その性能差から事故やトラブルも増えていた。


 遅すぎる馬車は交通渋滞の原因になるし、逆に早過ぎる馬車は操作も難しくなる事から、事故の原因にもなる。


 その事を懸念して王城の担当官吏と最近、会合が行われるようになっていた。


 最新の馬車や三輪車、自転車、二輪車などの性能への理解を深めてもらい、今後の王都の交通事情、そして、それに伴い一部馬車や三輪車の免許制度の将来的な導入を提案していた。


 もちろん、すぐにとは言わない。


 普及する前にそんな規則でガチガチにしてしまったら、最新の馬車や三輪車の売れ行きは鈍化する可能性が高い。


 だから今は、あくまで勉強会であった。


 今後普及していく段階でスムーズに移行できるように準備しておきましょうというものだ。


 王女リズはリューの商会がランドマーク家の下請けとして開発、部品生産などを請け負っているから興味津々で、一緒に帰ろうという事で馬車に同乗していた。


「これが商品化されるのはいつかしら?」


 王女リズはその乗り心地、疾走感に驚き、馬車の窓から外を覗いて、それを実感していた。


「このままでは今のところ条件付きでしか販売できないんだよね。速度が出過ぎるから」


 リューは感動している王女リズに申し訳なさそうに答えた。


「……そうかもしれないわね。御者の運転技術や馬車を引く馬の性格に左右されそう」


 王女リズは感動から一転、冷静な視点から試作の馬車の性能を分析して見せた。


「さすがリズ。帰り道の短時間でそこまで分析したかぁ」


 リューは優秀な王家の同級生の頭脳明晰さに感心していると王城へ到着した。


 城門で一度止められるが、『王家の騎士』の称号を持つリューは紋章とその顔ですぐに通される。


 それに今日は、王女リズが同乗しているから衛兵達は、直立不動でリューの馬車を見送るのであった。


 王城に到着したリュー達はすぐ王都の中枢機関である役所に赴く。


 王女リズがそれを案内するというので、官吏や関係者がごった返していたその場はモーゼの十戒のように二つに割れて道を空けた。


「エリザベス王女殿下!今日はどのようなご用件で!?」


 官吏責任者である局長が王家の人間の訪問に慌てて仕事の手を止め、駆け寄ってきた。


「仕事を続けて。今日は友人を案内して来ただけだから」


 王女リズは慣れたものでリュー達を連れて奥の会議室に向かう。


 元々、約束してリューも来ているから、担当官吏がそれに気づいて駆け寄る。


「ミナトミュラー男爵!まさか今日は、王女殿下とご一緒とは驚きました……!」


 担当官吏は王女リズに局長が付いている事から、リューの傍に来ると、声を掛ける。


「あはは……。すみません、今日の話し合い、三輪車の実車体験による説明があるって言ったら王女殿下も見てみたいと言うもので」


「えー!?わ、私、王女殿下どころか王家の方とご一緒するの初めてなんですよ!?」


 若い担当官吏は、リューとの比較的に気軽な打ち合わせだと思っていたので、急に汗をかき始めた。


 会議室には、急遽、局長もお目付け役として後方で監視、打ち合わせの相手であるリューの傍には王女殿下、そして、目の保養だと内心で思っていたエルフの美女という状況になった。


 これは若い担当官吏にとって、極限の緊張状態であった。


 リューとのやり取りも緊張の為、資料を確認しながらの話し合いも頭真っ白であったし、時折王女リズの質問が入るなど、担当官吏は生きた心地がしないのであった。


「そ、それではミナトミュラー男爵殿。説明にあった三輪車アシスト機能というものの性能を確認したいので、外に出て準備をお願いします」


 若い担当官吏は、会議室から外に続く扉を開けるとみんなを誘導する。


 局長は終始鋭い視線で担当官吏に合図を送ってくる。


 間違いを犯すなよ、との暗黙の指示だ。


 外では早速、リューがマジック収納から三輪車を出して、担当官吏に簡単な仕組みについて説明をする。


 ずっと緊張しっぱなしの担当官吏であったが、リューの説明からとんでもない性能である事に気づき、最後は王女リズがいる事も忘れて熱心に聞き入っていた。


「こ、これは他の産業への転用も可能な技術ではないですか!凄いです男爵、あなたは天才ですよ!」


 若い担当官吏は浮かれ気味にリューの手を取って褒めた。


「ごほん!」


 そこに局長の咳払いが起きる。


 その音に若い担当官吏も正気に戻る。


「失礼しました。それでは実際に試乗させてもらいます」


 若い担当官吏は、興奮を抑えつつ、三輪車に跨るとペダルを漕ぐ。


 ほとんど力を込めずに前に進むので、驚きと感動に若い担当官吏の心は震えた。


「これは凄い!こんなに軽い操作性でこのスピード感は経験した事がありません!」


 若い担当官吏が狭い庭をぐるぐると速い速度で走るので王女リズはうずうずしている。


 リューはそれに気づいた。


「……乗ってみる?」


 リューがこっそり王女リズに耳打ちした。


 王女リズはその言葉にパッと表情が明るくなる。


 若い担当官吏にリューが声を掛けて、王女リズとの交代を促した。


 これには局長と、若い担当官吏も驚いて止めようとしたが、すでに王女リズはノリノリモードである。


 みなまで言えず、役人二人は乗車を止める事は出来ないのであった。


 国王陛下と宰相閣下の自転車に乗っているところも面白かったけど、まさかのリズも三輪車の運転か……。僕は凄い光景を目にしているなぁ。


 リューが微笑みながら内心でそんな感想を漏らす。


 そんな中、王女リズが庭の狭い円周を三輪車で中々の速度でぐるぐる回るという奇妙な光景が展開されるのであった。

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