第415話 秘蔵の品ですが何か?

 マルコは『月下狼』側から面会の要請が来たので、応じる事にした。


 当初、『竜星組』のトップ、つまり組長であるリューとの面会を強く求めていたが、リューの存在は裏社会でもほとんど知る者がいない最大の秘密である。


 その秘密である正体を他所の組織の人間に晒せるわけもないから断っていた。



 面会当日、マルコは数名の腕利きの部下と使用人の子供を一人連れて、『月下狼』側が指定する場所へと到着した。


 そこは王都の古い下水処理場の一つで『月下狼』の縄張りの一つだが、誰も欲しがらない事から事実上放置状態の場所である。


「こんなとこで面会とは趣味が悪いな、『月下狼』のボスは」


 マルコが、『竜星組』の代表として来ているのだから、お粗末な場に連れてこられた事に、皮肉の一つも言っておかないと他に示しがつかないところだ。


「……すみません。ここが一番、もしもの時に守り易いところなので」


『月下狼』の女ボス・スクラの右腕でもある幹部が、マルコに謝罪する。


 その返答で一応、考えがあっての事だという事は理解した。


 だがやはり、子供の使用人に成りすましている自分のところの組長であるリューを連れてくるには相応しくない場所である事に変わりはない。


 マルコは『月下狼』の幹部の案内でこの施設の監視小屋に通された。


 そこには『月下狼』のところの二人の部下が待機しており、幹部が頷くと、壁を三回叩き、床を二回蹴る。


 そして、何か唱えると床の一部が浮く。


 その床の一部を開くと、そこには隠し階段があった。


「ここから下りますが、部下の方々には待機してもらいます」


「うちの使用人くらいはいいだろう?」


 マルコが、リューの背中を軽くポンと叩いてみせた。


「……必要性がないですよね?」


「おい」


 マルコがリューに指示する。


 するとリューはマジック収納から花束を取り出して幹部に見せると、すぐに元に戻した。


「こんな感じで便利なわけだ」


 マルコが、そう言うと、『月下狼』幹部は少し考え込み、頷く。


「……わかりました。付いて来て下さい」


『月下狼』幹部はそう一言マルコに伝えると、先導して階段を下りていく。


 マルコとリューは視線を交わすと隠し階段を下りていくのであった。


 階段を下りた先にはいくつかの部屋と扉があり、いくつか通過して一番奥の扉の前まで案内された。


「……ここです」


『月下狼』幹部はそう言うと、扉を開いてマルコとリューを部屋に通した。


 そこには、一つのベッドがある。


 寝室のようだ。


 そしてそのベッドには特徴的な頬に傷がある女性が横たわっていた。


「『竜星組』の大幹部がよくこんなところまで来てくれたわね……。アタシは見ての通り、こんな状態で身動きが取れないんだ、すまない……」


『月下狼』の女ボス・スクラは幹部の手を借りて、枕で背もたれを作って身を起こすと、来訪したマルコとリューを歓迎して謝罪した。


「……無理はするな。──で、用件ってのはなんだ?」


 マルコが早速、本題に入った。


 遠回しな話をして長引かせても、今の体調のスクラには負担だと判断したのだ。


「今回の仲裁の件、感謝している。見ての通りアタシは死にぞこないだから、正直『月下狼』の存続も危なかったから助かった。感謝する。本当はあんたのボスに直接言いたかったんだけど……。アタシにとってあんたのとこのボスは救世主だからさ、会いたかったけど、それも仕方ないわね……」


「ボスには俺から伝える」


「……あんたのボスはどんな人なんだい?」


「……詳しくは言えないが、義理と人情に厚く俺達を家族と言ってくれる器が大きく寛大なお方だ」


「……そうかい。やっぱり、そういう男が惚れるような男かい?あった事もない相手だが、アタシもお宅のボスには惚れちまったからさ。惚れちまった女の愚かさだ。伝えておく。──あたしが死んだら、『月下狼』の縄張りと手下達を頼みたいのさ……」


 顔色の悪い女ボス・スクラは遺言ととれる大事な事を口にした。


 マルコは『月下狼』幹部に視線を送るが、幹部は沈黙して何も言わない。


 すでに話し合って決めた事なのだろう。


「……そんなに悪いのか?」


 マルコが、スクラではなく幹部に聞く。


「……何人か有名な闇医者に見せたが、王宮に出入りするような高位の医者による治療魔法か、同じくそれ以上のポーションの類が最低でも必要らしい。だが、うちにそんな伝手は無いから、どうしようも……」


 幹部は悔しそうに表情を曇らせた。


「うちに『月下狼』の縄張りを譲られても困るぞ。仲裁に入ったうちが、縄張りを取り戻してやった組織をその直後に丸々頂いたとあっては醜聞が過ぎる。だから生きろ」


 マルコは冷徹とも言える言葉をスクラにぶつけた。


「……ふっ。そいつは困ったね……。アタシも生きてあんたのところのボスにも会いたいところだったんだが……、どうにも無理そうだ……」


 スクラは弱音を漏らした。


「……」


 マルコはリューとまた視線を交わす。


 リューはチラッと幹部を見ると、マルコをまた見る。


 マルコはそれを命令と理解して頷いた。


「スクラ、人払いしてもらっていいか?ちょっと、個人的な話がある」


 それに対してスクラは幹部に頷いて見せた。


 幹部は何か言いたそうであったが、ここで万が一があるはずもない。


 マルコがボスであるスクラを害する益が無いのだ。


 幹部は黙って部屋の外に出て行くのであった。


「……で話ってのはなんだい?」


 スクラはマルコに話すように促す。


「初めまして。僕が『竜星組』の組長のリューと申します」


 使用人を演じていたリューが、突然そう切り出した。


「?……!?……どういう事だい、マルコの旦那」


「そういう事だ。──若、よろしいので?」


「うん、スクラさんに死なれるのも後味が悪いし、そこまで僕を評価してくれるのに、黙っているのも気が引けるよ」


 リューはマルコにそう答えた。


「……本当に『竜星組』の組長さんなんだね?……参ったわ。こんなに若い坊やだったとは……。でも、あたしの惚れた男としては悪くない……。これで死ねるわ……」


 スクラは惚れた男に初めて会えた事への驚きと喜びを控えめに口にした。


「いえ、スクラさんには生きてもらいますよ。本来なら死人に口なしで僕の正体の事実と共にあの世に思い出として持って行ってもらうところですが……。──マルコ、頼む」


 リューはニッコリと笑顔で答えると、マジック収納からポーションを取り出してマルコに渡した。


 マルコはそれが何かわかっているのか、受け取るとスクラの口元に持っていく。


「若の計らいだ。飲むがいい」


 マルコが、そう言うと、スクラはいまさら毒でも構わないと思ったのだろう、言われるままそれを飲み干した。


 するとスクラの体の痛みが楽になった気がした。


 いや、実際楽になっている。


「ま、まさかこのポーションは……?」


「若に感謝しろ。このポーションは、若の秘蔵のものだ。王家でも貴重な代物だからな」


 マルコはここぞとばかりに恩を売る。


 このポーションは最近、妹のハンナが精製に成功したばかりの特別なポーションで危険の多いリューにと渡されたばかりであったものだ。


 そういう意味でも秘蔵の品である。


 ハンナごめん、せっかくのもの、他の人に使っちゃった。


 リューは可愛い妹から貰った一つしかない大切なポーションを使用して、スクラの命を助けるのであった。

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