第414話 仲裁ですが何か?

 王都における古参であり、裏社会において指折りの組織『黒炎の羊』は、どこからか腕利きの兵隊を大量に雇い入れ、対立している『月下狼』に攻勢を強めていた。


 その圧力は日増しに強まり、『月下狼』は風前の灯火である。


 女ボスであるスクラは最近ようやく生存が確認できたが、表に出てこれない程、弱っており、反撃も難しそうだ。


 裏の関係者だけでなく、表の事情通でもこの両者の抗争に、勝負あったなと軍配が『黒炎の羊』に上がりかけていたある日の事。


 ピタリと『黒炎の羊』の勢いが止まった。


 最初、嵐の前の静けさで、これから止めを刺す為の大攻勢が始まると関係者は睨んでいた。


 しかし、いつまで経ってもその大攻勢は始まらない。


 それどころか『黒炎の羊』の先兵として気を吐いていたジン・ソー、コー・ソー、ジュン・ソーの三兄弟の部隊が沈黙を破って騒ぎ始めた。


 それは『月下狼』に止めを刺す前の気炎を上げる喧騒ではなく、動揺による混乱というのが正しい表現だった。


 そして、間を置く事なく妙な噂が流れ始めた。


 今や、王都で有名になりつつあった三兄弟が不審死を遂げたらしいというものだった。


 剛腕で頭も切れ、兵隊の指揮にも優れていた残虐な長男ジン・ソーは、お風呂場で溺死。


 策謀に長け、長男程ではないが、腕にも覚えがある狡猾な次男コー・ソーは首を吊っての自殺。


 三兄弟の中で一番冷酷非情で、従わない敵をことごとく始末していた三男ジュン・ソーは部下との飲みの席で突然暴れ出し、その後、泡を吹いてそのまま意識を失い死亡していた。


 この不審死が一件だけなら、そういう事もあるだろうで済むかもしれないが、この事件が一両日中に起きた事なので、誰もが今回の抗争に関わる何者かによる殺しではないかと疑うのであった。


 しかし、どれも確固たる証拠がない。


 一番怪しいのは抗争中の『月下狼』になるが、その『月下狼』は虫の息であり、最初からそんな手段があるのなら、追い詰められてからいまさら使うだろうか?と、関係者達からも疑問の声が上がった。


 そうなると、この件で得するものが一番怪しいのだが、『竜星組』は抗争に介入する姿勢は取っておらず、『月下狼』も泣きついたという話もない。


 そんな中、北東部出身であるソー三兄弟の兵隊連中の間からこんな疑問の声が上がった。


 雇い主である『黒炎の羊』が殺ったのではないか? というものだ。


 ソー三兄弟は、最初から雇い主である『黒炎の羊』にあまり従順ではなかったらしく、自分達のやり方でやると、かなり無茶なやり方で縄張りを荒らしていた。


 だから、『黒炎の羊』はそれが気に食わなくて、勝負がつきそうな段になってから、お払い箱とばかりに始末したのではないかと疑い始めたのだ。


 こうなるとソー三兄弟の不審死についてはどうでもよくなり、誰が殺したのかに焦点が当てられた。


 ソー兄弟が率いていた兵隊はやはり北東部地方から流れてきた者達で、王都の裏組織とは元々そりが合っていなかったから、『黒炎の羊』の兵隊と些細な揉め事が起きると、それが大きくなるのもあっという間である。


 風前の灯火の『月下狼』を差し置いて、三兄弟の率いていた兵隊と『黒炎の羊』の兵隊同士ですぐに内部抗争に発展した。


 ここで『竜星組』が、あたかも見るに見かねて間に入るという形で仲裁に入った。


 それは『月下狼』と『黒炎の羊』の手打ちである。


 それも縄張りは抗争前の状態に戻すという条件だ。


「ふざけるな!うちがどれだけ金を掛けたと思ってやがる!」


 仲裁の為に『竜星組』の代表としてやってきたマルコに対して『黒炎の羊』のボスが嚙みついてみせた。


 せっかく苦労して敵から勝ち取った縄張りだから当然だ。


 しかし、『黒炎の羊』は現在、元三兄弟の兵隊連中と抗争状態に突入していたから、交渉が長引くと『月下狼』に改めて付け入られる可能性が高い。


 正直、『竜星組』のこのタイミングでの仲裁は絶妙であり、『黒炎の羊』にはとても助かるものだった。


 だが、それにしたって足元を見られているという思いはあったから、そこは多少ごねた。


「この抗争は元々、『黒炎の羊』から仕掛けたもの。それを元に戻すのは当然じゃないか?『月下狼』は被害が大きいが、そちらにその被害の請求はしないという。もし、手打ちにしないなら、『月下狼』は徹底抗戦の構えだ。さすがに『竜星組うち』もどちらかが無くなるまでの派手な抗争を黙って見ているわけにもいかない。それに『黒炎の羊』も、内部抗争まで抱えているようだ。これ以上争うと結果的に被害が大きくなるのはそっちじゃないか? そうなると、最初の状態に戻すのが当然だと思うが?」


 マルコが、『黒炎の羊』の初老のボスに鋭い視線を送る。


「ぐっ……!」


『黒炎の羊』のボスは痛いところを突かれて返答に窮した。


「では、『竜星組』が間に入って手打ちという事でいいな?」


 マルコが、改めて確認する。


「うちは『竜星組』が間に入ってくれるなら、それで構わないというのがボスの決定だ」


『月下狼』のスクラに代わり、代理で来ていた幹部の男が答えた。


『黒炎の羊』のボスはそれをじっと見ていたが、『月下狼』のボスの怪我はかなり重いようだと判断すると、


「……わかった。だが、絶対賠償はしないからな」


 と条件を付けた。


「それでは、『月下狼』と『黒炎の羊』はこれで休戦だ。そして、『黒炎の羊』は『月下狼』の縄張りを返すように。もし、それが守られない場合は、『竜星組』が動く事になる」


 マルコは両者を一瞥すると、部下に承諾書を持って来させてサインをさせ、手打ちとするのであった。



「──という事で、無事手打ちが済みました。若の策がハマりましたね」


 マルコがリューに報告した。


「ふー……。仕事の依頼が無事遂行されてくれて良かったよ。もしもの為に、三兄弟の兵隊にデマ情報を流す事で、内部抗争まで持ち込んで暗殺については有耶無耶になるのを狙ったけど、それも上手くいって良かった。取引先に特別報酬払っておいて」


 リューは結果報告を聞いてそのプロの仕事内容に、暗殺ギルドの存在は少し危険かもしれないと思う一方、フリーの殺し屋についてはアーサの報告から、うちに来ないか誘ってみる事にするのであった。


─────────────────────────────────────

あとがき


書籍化&コミカライズ決定!


という事で、現在、各書店でも予約が開始されています。


良かったら、近況ノートにその辺りも追記しているのでよろしくお願いします!

<(*_ _)>

近況ノート↓

https://kakuyomu.jp/users/nisinohatenopero/news/16817330654118862814

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る