第405話 名もなき若い衆の話ですが何か?

 王都の裏社会と言えば、現在の最大勢力は『竜星組』である。


 これは誰もが認めるところだろう。


 その『竜星組』は謎が多く、そのボスの存在も明らかにされていない。


 だが、それはその前に王都最大勢力であった『闇組織』も一緒であったから、大きな組織程そういうものだという認識が裏社会の者にとっては刷り込まれているから、不思議に思う者はほとんどいない。


 特に『闇組織』時代以上に、情報統制が徹底されており、上層部の情報自体漏れ聞こえてくる事がほとんどなく、王都に本部があるということ以外は不確かであった。


 もちろん、王都本部というのもそれは偽物であり、実際はマイスタの街にあるのだが、それは『竜星組』系の末端組織では知らないのが当然であった。


 本部に出入りできるのは各事務所の幹部と一部の者だけであり、本部に出入りして大幹部らと盃を交わす事が『竜星組』組員のステータスになっているという事だけが、末端にも漏れ聞こえてきた貴重な情報である。


『竜星組』独自の組織形態は末端の者達にとって不思議なものであったが、それだけに信用を得て出世し、本部に出入りしてそのステータスを得たいと憧れる者は多い。


 そんな中、ときおり、『竜星組』系で末端に位置する組織に所属する荒くれの若い衆がどこかに連れていかれて、一定期間失踪する事がある。


 末端の者にとってその出来事は、あまりに粗暴な事から上に目を付けられ粛清されたのかもしれないと震え上がるのだったが、ある時、失踪していた若い衆が何事も無かったように事務所に戻って来た。


 末端の者達は幹部も手が付けられない程粗暴だったこの若い衆に関わらないようにしていたのだが、戻ってきた若い衆は寡黙で落ち着いた雰囲気を宿していた。


「お前、いなくなる前と違って、……雰囲気変わっていないか?」


 失踪する前にこんな事を言おうものなら殴りかかって来るくらいに粗暴だった、そんな若い衆の姿は見る影も無くなっていたから恐る恐る声を掛けた。


 若い衆は、「どうだろう?」と、答えていると幹部に事務所の頭の部屋に来るようにと呼ばれて行く。


「戻ってそうそう、頭の部屋に呼ばれるなんて何があったんだ!?」


 この事に驚いて末端の者達はざわついた。


 『竜星組』系でも下部組織にあたるこの事務所では、末端者の達は頭に顔を覚えてもらうだけで必死なくらいだから、部屋に呼ばれるなんて事は普通あり得ない事だ。


 それが問題児扱いだった若い衆は失踪から戻ってくるとすぐに頭の部屋に呼ばれるのだから驚き以外にない。


 一時すると若い衆が頭の部屋から戻って来た。


「ど、どうした兄弟?頭と何を話したんだ?」


 末端の連中は、この若い衆が頭に部屋へ呼ばれるという事は自分達同世代の中で出世頭になる可能性があると考え、それなら距離を縮めておこうという打算の元で兄弟と呼んで近づく。


「うん?……人事異動する事になった」


「ジンジイドウ?」


 末端の学が無い連中には難しい言葉だった。


「頭から言われて、『竜星組』の直系組事務所に行く事になった」


「「「!?」」」


 末端の者達にとってそれは、大出世である。


 なにしろ今の事務所はあくまでも『竜星組』系の末端事務所であって、『竜星組』とは違う外様でしかないのだ。


 それが直系組事務所入りという事は、もしかしたら本部にも出入りできる可能性がある。


 そうなると末端の者達にとって憧れである上層部と杯を交わすという事が出来るかもしれないのだ。


「お、俺達仲間だよな!?」


 失踪前はトラブルを避けて距離を取ってまともに話した事がなかったのに、末端の連中は距離を縮めようと声を掛ける。


「?」


 大出世?の若い衆は首を傾げる。


「『竜星組』直系事務所に出入りできるようになったら、俺達も呼んでくれよ!」


 末端の者達は目を輝かせて、目の前のチャンスに縋る。


「……それは難しいかもしれない。というか一度、に行かないと厳しいと思う」


「あそこ?」


 末端者達は出世の若い衆の意味不明な表現に疑問符を浮かべて聞き返した。


「守秘義務があるから、あまり言えない。……簡単に言うと地獄かな」


 若い衆はそう答えると、自分の荷物をまとめ始めた。


「「「じ、地獄?」」」


 息を呑む末端の者達。


 そして、これまでの情報を脳内でかき集めて気づいた。


 失踪期間はその地獄にこの若い衆は行っていたのだと。


 そして、人格が変わって戻って来た。


 それだけで地獄の意味が分かると言うものではないか?


「その地獄のせいでお前、変わったのか……?」


 末端の者の一人が若い衆に疑問をぶつけた。


「変わった?……それは違うな。自分の命一つが簡単に失われる逃げられない状況で一か月過ごして現実を知っただけさ。そして、自分はちっぽけな存在でそれを守ってくれているのが、『竜星組』なんだ。その恩に報いる為に俺は忠誠を誓うのさ」


 末端の者達は最早この出世を果たした若い衆が何を言っているのかわからなかった。


 若い衆が事務所を後にしようとすると、幹部達が見送りに外に出る。


 この光景だけでも末端の者達にとっては驚きである。


『竜星組』直系事務所に異動が決まっただけでこの扱いだ。


 末端の者達は成功者である若い衆を羨望の眼差しで見送ると、より一層『竜星組』への憧れを強くするのであった。



「更生施設……じゃなかった。育成施設から戻った若い衆の配属はもう終わった?」


 リューが執務室で情報収集の報告に訪れていたランスキーに確認を取る。


「へい。今回は短期研修だったという事もあり、『竜星組』王都事務所各支部末端の人手が足りていないので、そちらに回しておきました」


 ランスキーが当然のように答える。


「ははは……。その短期研修でも大概人格変わっちゃうからなぁ。更生施設……、じゃない、育成施設は凄いよね」


 リューはランスキーの報告を聞いて苦笑した。


「本家の育成は相変わらず、さすがですな。はははっ!──正規の研修を受けた連中は予定通り、若手のマルコのところに配属、東部の情報収集に向かわせます」


 ランスキーは報告書をリューに渡すと退室するのであった。


「カミーザおじさんには足を向けて寝られないわね」


 リーンがおかしそうに笑ってリューに言った。


「そうだね。おじいちゃんには本当感謝だよ。半月後には南部事務所を任せる予定のシシドーも魔境の森から戻ってくるだろうから、その前に南部事務所にも顔出さないといけないよね?」


 リューが、少し考え込んでリーンに相談する。


「そうね。明日にでもイバルを連れて行ってみましょう。そこで経過報告聞いてから今後の展開決めましょう」


 リーンがそう提案するとリューもそれに頷き、書類整理を続けるのであった。

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