第404話 お酒の抗争ですが何か?

 王都酒造ギルド、地方酒造ギルドの両ギルド間で新たな契約が結ばれた。


 自由競争という、何でもありのようなこちらでは中々考えられない取り決めを定めた内容である。


 その場に居合わせた他の各地方ギルドの上層部の人間達は、自分のところの事ではなかったから、面白がってこのやり取りを眺めていた。


 リュー達の所属する王都酒造ギルドについては、国内でも最大級の酒造ギルドの一つであるからその動向は気になっていた。


 他の地方ギルドも改革という名の弱体化と見て取り、これを機に王都に仕掛けようかと算段していたところもあるだろう。


 それを地方酒造ギルドのひとつの代表であるゲコノス伯爵がいち早く仕掛けたのだ。


「保守的なゲコノス伯爵がやけに乗り気で契約を結び直していたぞ……?」


「王都酒造ギルドのメーテイン伯爵は困惑気味だったが……」


「西部中域の地方酒造ギルドが王都酒造ギルドに噛みつくわけだ。これは見ものだな」


「で、ゲコノス伯爵は勝算があるのか?」


「あるも何も、あの狸が何も準備せずに契約を結び直すなんて考えられないだろう?」


 他の地方酒造ギルドの会長らは、お手並み拝見とばかりに両者に潰し合いをさせ、漁夫の利を得ようと高みの見物を気取るのであった。


 両者で契約が結ばれた翌日。


 西から大量のお酒が王都に運び込まれてきた。


 王都内の大小の有名酒場にそのお酒が持ち込まれ、お試し期間の名のもとに原価割れの価格で交渉する西部地方の商人達の姿が溢れた。


 あまりに迅速過ぎる動きに、王都酒造ギルドのメーテイン伯爵をはじめ、幹部達は驚きを隠せなかった。


 これにはリューも多少は驚いていたのだが、実は、ゲコノス伯爵の地方酒造ギルドが何やら企んでいるのは以前からわかっていた。


 元々西部方面には『聖銀狼会』の件もあってランスキーに多くの人員を割かせて情報収集をやらせていたからだ。


 その為、自然と他のいろんな情報も入って来ていたのだが、その中の一つにお酒の原材料を西部中域の地方ギルドが大量に購入し、それを基に大量に生産しているようだと報告が上がっていた。


 その量は、その西部中域だけで消費するには多すぎる。


 案の定、在庫として倉庫から溢れ出そうな勢いで、多くの在庫を王都よりの倉庫に運び込んでいた。


 酒造に必要な闇魔法を使える人間も大量に雇い入れている報告も、上がって来ていたし、何かやろうとしているのは確かだ。


 そして、ボッチーノ、ヨイドレン両侯爵が酒造ギルドを去ると、ゲコノス伯爵はここぞとばかりに生産に拍車を掛けていた。


 それでリューは確信した。


 王都への進出を企んでいるのだと。


 元々の計画に加え、ボッチーノ達が去った事であちらゲコノス伯爵は勝利を確信したに違いない。


 それらの情報からリューは、メーテイン伯爵の会長就任に伴い、契約の見直しを訴えてくるだろうと読んでいた。


 そこでメーテイン伯爵には演技をしてもらった。


 両者間の再契約時に、困惑した演技をするようにお願いしていたのだ。


 ゲコノス伯爵はその演技にまんまとハマり、付け入る隙があると判断し、リューの罠と知らずに疑う事無く契約を結び直した。


 ここまでは、リューの手の平の上である。


 ただし、誤算もあった。


 それはゲコノス伯爵の想像以上の迅速な動きである。


 入手した情報よりも王都のかなり近くに密かに倉庫を借りて、すでに大量のお酒の在庫を運び込み、いつでも仕掛けられるようにしていた。


 だから、こちらが仕掛けられても返り討ちにする準備をする前に、王都内の沢山の酒場に運び込まれて来たのだ。


 お酒も原価割れで赤字覚悟の大安売りであったから、事情を知らない酒場はその安さに飛びついた。


 お客も安く飲めて酔えるならと、地方酒造ギルド産のお酒を選んで飲み始める。


「若、想像以上に奴ら、下準備を入念にしていたみたいです。勢いが凄すぎてこちらの王都酒造ギルド産のお酒が軒並み売れ行きが落ち込んでいます」


 ランスキーが想像以上の敵の勢いに危機感を抱いて執務室でリューに報告した。


「僕もちょっと驚いているよ。ここまで大規模に展開してくるとはね……」


 リューは少し、考え込んだ。


「どうするの、リュー?このままだと他の酒造ギルド会員が経営する酒造商会の被害も大きくなるわよ?」


 リーンが体力がない他の酒造商会の心配をした。


「他の酒造商会のお酒は一時的にうちがお金を払って買い入れておくよ。それで、被害も減るでしょ?それにあちらの狙いがわかったから後は反撃のタイミングだけかな」


「あちらの狙い?すでに達成しているんじゃない?この数日間で王都やその周辺の街や村に大量に安い価格で販売して人気になっているんだから」


 リーンも、リューの言いたい事がいまいちわからないのでそう言い返した。


「原価割れした価格に大量の在庫の投入、あちらは短期決戦で勝負をつけようとしているのがわかっているからね。さすがにこの規模には驚いたけど。でも、あちらにも誤算があるんだよ」


「誤算ですかい?」


 ランスキーがリューの説明に興味を持って聞き返す。


「うん。あちらの元々の計画はボッチーノ、ヨイドレンの酒造商会相手へのものだったんだ。それが、両者とも自滅してくれたから勝利を確信して短期間で勝負がつくと思い、計画を変更する事無く前倒しで実行してきたわけ。でも、王都の次のシェアを握ったのがうちだったのが誤算」


 ニヤリとリューは笑みを浮かべた。


「それはどういう……?」


 ランスキーはまだ理解出来ないようだ。


「あちらのお酒はそれなりに美味しいと思う。ただし、ボッチーノ、ヨイドレンと比べたらの話。うちの『ドラスタ』や『ニホン酒』と比較したら勝敗は明らかだよ。ゲコノス伯爵は赤字覚悟の安値で王都に自分のお酒をばら撒き、認知度を一気に上げ、こちらに復活できない程のダメージを与えて、ライバルがいなくなった後に元の価格に戻すつもりだと思う。でも、それは味が勝っていた場合の戦略だよ。安くて美味しい方をお客は選ぶだろうけど、味は圧倒的にうちが美味しい。あちらの有利は原価割れした価格だけ。それも長続きはしないから、いずれ価格は上げないといけない。その時がゲコノス伯爵が終了する時だと思う」


 リューが説明を終えると、ランスキーはなるほどと頷いた。


「……若の言う通り、あいつらには赤字だけしか残らないですな!わははっ!」


 ランスキーがそれを想像して大笑する。


「もう少し、時間を掛けて仕掛けてくると思っていたのだけど、短期決戦で勝負を仕掛けてきたみたいだからこちらとしては助かったかな。あっちの価格設定は無茶苦茶だし、あのやり方なら在庫もひと月持てばいい方だろうから。うちは変わらず美味しいお酒と新作を作っておいて、あちらの限界点が近づいた時に投入するだけで勝負はつくと思うよ」


リューは、心配していたリーンやランスキーにそう説明して安心させるのであった。

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