第403話 お祝いの会合の席ですが何か?
この日、学校が終わった放課後、王都のとある屋敷で会合が行われ、リューはリーンと護衛役のスードを伴って参加していた。
リューの傍には、王都の酒造ギルド会長メーテイン伯爵がいる。
いや、立場的に王都の酒造ギルド新会長であるメーテイン伯爵の傍にその名誉職である「会長付き顧問」としてリューが同行しているというのが正しい表現であろう。
まあ、リューは王都とその周辺地域において三級酒から一級酒までを各種揃えている銘柄『ドラスタ』と、新酒で王家からも高い評価を受ける一級酒『ニホン酒』で最大規模のシェアを誇っているミナトミュラー酒造商会の会長であるから、事情を知っている者がいたら、メーテイン会長よりも先にリューに挨拶をしたいくらいであったはずだ。
リューが会長の付き添いで参加したこの会合は、各地方酒造ギルドの上層部が参加していた。
各地方酒造ギルド同士、情報交換から縄張りの確認や取り決めの契約の更新や修正など色々な事がこの場で行われたりする。
今回は王都の酒造ギルドの新会長メーテイン伯爵の就任を祝う事が中心ではあるが、各地方酒造ギルドの上層部はそれと同時に王都酒造ギルドの構造改革を行った新参者を推し量る意図が強かった。
なにしろ文字通り彗星の如く突然現れて、ボッチーノ、ヨイドレン両侯爵の酒造商会のシェアを奪い、さらには酒造ギルドの役職から追放したのだ。
それが当時、準男爵、現在でもまだ男爵という下級貴族でしかなく、それがさらに十三歳の子供だというのだから実際に会ってその目で確認しておきたいのが本音である。
「あれがミナトミュラー酒造商会会長か?」
「本当に子供じゃないか……!」
「新興貴族なのだろう?どうやってこの短期間で王都とその周辺に最大シェアを持つ酒造商会を作れるのだ?」
「わからん。元が酒造商会出身というわけでもないとか。謎過ぎる……」
今回はメーテイン伯爵の王都酒造ギルド会長就任祝いの意図が強い会合のはずが、リューが話題の中心になっていた。
「……すみません。メーテイン会長。僕、悪目立ちしているようです……」
リューはさすがに新会長の面目を潰したと思い謝罪した。
「いや、こうなる事はわかっていたからな。はははっ!私も彼らの立場だったら同じように好奇の視線をミナトミュラー男爵に向けていただろう。こうして一緒に酒造ギルドの改革を行った同士にも拘らず、私は未だに君の存在を不思議に思っているくらいだからな、はははっ!」
メーテイン伯爵は素直にリューへの感想を漏らした。
「これはこれはメーテイン伯爵、この度は会長就任おめでとうございます。それにしても酒造ギルドの構造改革まで行われてしまい、縄張りが隣接する我々はこちらにも悪い影響が来ないかと戦々恐々ですよ。がははっ!」
地方の酒造ギルド会長の一人が、酒樽のような自分のお腹を擦りながら祝意と共に明らかに皮肉とわかる言葉を言ってきた。
その三白眼の目は笑っておらず、脂ぎった顔も相まって悪い印象しか受けない。
「お久し振りですな、ゲコノス伯爵。お陰様で風通しが良くなり、良いお酒がしっかりと評価され、市場にちゃんと出回るようになりました。確かに、良いお酒が出回ると、そうでない地域は影響が怖そうですな。はははっ!」
メーテイン伯爵も負けていない。
お前のところは良いお酒を造っていないだろ、とばかりに皮肉を返した。
「くっ……。──それにしても王都の庶民は大変ですな。飲みなれたお酒が淘汰され、急に大半のものが全く知らない銘柄のお酒に挿げ替わってしまったのだから。私なら品質を心配してしまいますな。おっと、確か、そちらの少年が王都に出回るお酒のシェアを独占しているというミナトミュラー酒造商会会長ですな?男爵でありながらその結果を出すのは凄い。どんな汚い手を使ったら、ボッチーノ、ヨイドレン両侯爵を追い落とす事が出来たのか。末恐ろしいですな」
ゲコノス伯爵はメーテイン伯爵相手では分が悪いと思ったのか、標的を与しやすそうなリューに変更して露骨に皮肉る。
「僕は何もしていませんよ、ゲコノス伯爵。彼らが墓穴を掘ってその穴に落とされるのを待っていたので、僕は軽く背中を押して上げただけです。そして、良いお酒を造り、宣伝して適切に販売する。それが汚い手に見えるのでしたら、大変ですね。王都の腕利きのお医者様でもゲコノス伯爵の目の病を治す事は出来ないかもしれません。非常に残念です……」
リューは子供らしく答えつつ、メーテイン伯爵以上の皮肉を持ってゲコノス伯爵を返り討ちにした。
「ぐぬぬ……!あどけない顔をして小賢しい事をやっているのはわかっているぞ!うちの縄張りに最近ちょっかいを出している事は部下から報告を受けている。今はボッチーノ、ヨイドレン両侯爵時代の契約範疇内だが、こちらの縄張りにまで手を出す気であったのだろう?そうはいかんぞ!」
ゲコノス伯爵はこの二人に口では勝てないと思ったのか彼にとっての本題を口にした。
ゲコノス伯爵の指摘通り、両酒造ギルドのグレーゾーンでの縄張り争いを仕掛けているのはリューの方であった。
お互いの縄張りの境界線上の街や村でドラスタのお酒を強く推し、酒場の買収もして少しずつ縄張りを広げているのだ。
「契約の範囲内の事ですよね?そうだ、この際ですから、どうでしょう?メーテイン伯爵の新会長就任に伴い両者の契約も見直し、一新してみては?」
リューが提案すると、ゲコノス伯爵がピクリと反応したのがわかった。
「……ほう。儂も同じ事を提案しようと思っていた。そちらは構造改革とやらで自由競争というやり方を推奨しているらしいな。それなら、うちの縄張りとそちらの縄張りの範囲内でそれを解禁してみてはいかがかな?」
怪しい光を目に宿してゲコノス伯爵が提案してきた。
一聞すると改革を行った王都酒造ギルドに有利そうな提案である。
しかし、それをあちらが提案してくるという事は勝算があるという事だろう。
「それはいいですね!メーテイン会長、どうでしょうか?あちらもこうおっしゃてますし、新たな契約を結んでみては?」
リューはゲコノス伯爵の提案に飛びついたというように、メーテイン伯爵に相談する。
「ミナトミュラー男爵が乗り気なら私は構いませんが、……大丈夫ですか?」
メーテイン伯爵はちょっと迷うような素振りを見せる。
「良いではないですか、メーテイン伯爵!新たな門出には新たな契約と行きましょう!それではあちらで細かい部分を詰めましょうか!」
ゲコノス伯爵は王都側の酒造会長であるメーテイン伯爵が迷いを見せたので、契約を急かして近くテーブルに移動し、書類を準備よく部下に用意させる。
何か算段があるのは明らかであったが、リューは気に止める様子もない。
メーテイン伯爵は両者に勧められ、新たな契約を交わすのであった。
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