第397話 アルバイト先ですが何か?

 王立学園の一人の生徒がとある商会のアルバイトの面接を受けていた。


「王立学園の現役生徒?……そんな優秀な学校の生徒がなぜうちに?」


 面接官の商会関係者は困惑したように、その生徒に確認した。


 その生徒は兎人族で白い毛並みの女性だ。


 見た目にも綺麗で、同族のみならず、魅力に感じるだろう。


 その伸びた兎の耳は緊張しているのかピンとしている。


「わ、私、将来立派な商人になって故郷の家族に誇れる兎人になりたいんです。その為にも王都の商会で色々学びたくて……。そんな中、こちらの商会は王都の色んな商品の輸出に力を入れていると聞きました。今、私が学びたい事なので雇って下さい、お願いします!」


 兎人族の女性こと、聖銀狼会会長の孫娘ラーシュは真剣な眼差しで面接官の目を真っすぐ見つめ返すと深々と頭を下げるのであった。



「……どうしたものですかね?王立学園の二年生って、若様の同級生じゃないですか?」


 面接官をしていたダミスター商会代表のアントこと、竜星組の若手の幹部候補アントニオが、大幹部のマルコに書類を渡して相談していた。


「……このラーシュってのは、聖銀狼会会長の孫娘だ」


 マルコが書類に目を通して苦虫を噛み潰した様な表情でアントニオに答えた。


「ええ!?敵じゃないですか!うちに面接に来るって間者……ですかね?」


 アントニオはマルコの情報に驚くとスパイを勘繰った。


「若の話だとこのラーシュはカタギの商人を目指して王立学園に編入して来たらしい。あちらも若に会って驚いていたらしいから偶然みたいだが……。ダミスター商会に雇うのはさすがにまずいな。かと言って聖銀狼会で参謀まで務めていたせっかくの優秀な人材を放置するのも勿体ない。──仕方ないな……。ミナトミュラー商会の方に回そうか。……ノストラに連絡してくれ」


 マルコはアントニオの疑いを否定すると、厄介ごとを同じ幹部のノストラに任せる事にするのであった。



 翌日のダミスター商会事務所の応接室。


「──ラーシュさん。あなたは王立学園に通っている優秀な生徒という事で、うちには勿体ないという結論に至りまして。それで、今、とても勢いのある商会に推薦したいのですが、どうでしょうか?」


 ダミスター商会会長アントことアントニオは緊張するラーシュに確認を取った。


「別商会への推薦……ですか?」


 ラーシュは首を傾げる。


 こちらではコネもなく自力で生きていく為に今後の勉強も踏まえて良さそうなアルバイトを探していた。


 そんな時に、小さい商会っぽいが王都内で商売をしているこのダミスター商会の従業員募集を目にして駄目元で応募したのだが何やら奇妙な展開になった。


「ええ。うちなんかよりかなり大きく、王都でも有名な三大商会の傘下商会ですからやりがいはあると思いますよ。……どうでしょう?」


「王都の三大商会の傘下商会ですか!?」


 ラーシュは思わぬ申し出に驚いた。


 三大商会と言えば、誰もが就職したい人気商会であり、その傘下の商会ともなれば、アルバイトでもそれは他でも箔が付くだろう。それに、仕事が出来る事をアピールできれば、従業員として正式採用される可能性もあるのではないか?


 傘下商会で実績を残せば、上の三大商会への道もあるかもしれない。


 それはラーシュの目標である立派なカタギの商人への最短ルートに思えた。


「君がその気なら、先方にはすでに話をしているから、その足でその商会の方に行ってもらって構わない。あちらも是非にと言ってるからどうかな?」


「お、お願いします!」


 ラーシュは王立学園に転入して来て新たな人生を歩む気でいたが、同級生に竜星組の関係者生徒がいるなど、必ずしも順風満帆な学生生活とは言えずにいた。


 友達関係も今のところその竜星組関係者のグループ扱いになっていて、実質友人と言っていいのかも怪しい。


 それだけに、ここに来てやっと自分に風が吹いて来たと素直に喜ぶラーシュであった。


「そうか。それならこの住所の商会に行ってくれ」


 商会長アントは住所の書かれた紙をラーシュに渡した。


「あ、すみません。商会の名が書かれていないのですが……」


「行けばわかるよ。その住所の商会は王都に新たに出来たばかりだから、驚くかもしれないが、さっきも言った通り話は通してあるから、うちから来たと一言伝えてくれればあちらも快く迎え入れてくれると思うよ」


「は、はい!ありがとうございました!」


 ラーシュはアントことアントニオに感謝のお辞儀を深々とすると、紙に書かれた住所に急ぎ足で向かうのであった。



 ラーシュが到着した商会は三階建ての大きな建物であった。


 まだ、看板が無いので名前がわからないが、さすが三大商会の傘下商会という事だろうか?


 一階のお店部分に入るとお酒が沢山並んでいる。


 どうやらお酒を扱っている商会のようだ。


「うん?兎人族の娘っ子?──ああ!君が王立学園生徒のラーシュさんか?──会長代理!例の学生が来ました!」


 ラーシュに気づいた商会関係者が、奥に声を掛けた。


「おう!」


 お店の奥から出て来たのはミナトミュラー商会会長代理を名乗るノストラであった。


 ラーシュは裏社会のノストラの名前は知っているが顔は知らないから、合致する事はない。


 そして、その偉そうな若い人物、ノストラが出て来て緊張した。


「ラーシュさんだな?俺はここの責任者だ。と言っても商会本部はマイスタの街にあるからここは王都支店になる」


「え?こんなに大きいのに支店なんですか!?──三大商会の傘下商会だと聞きましたが、こんなに大きなお店が支店なんて王都はスケールが大きいですね……」


 ラーシュはお店の大きさに圧倒されて溜息を吐いた。


「うちで働いてくれるかい?人手は欲しいからな。それに王立学園の生徒なら学習意欲も高さそうだ。色々とうちで学ぶと良い」


 会長代理と呼ばれていたこの人物がそう誘うと、好印象を抱いたラーシュはすぐに頷いた。


「もちろん、お願いします!学校があるので平日のお昼は駄目ですが、それ以外の時間は身を粉にして働かせてもらいます!」


「……そうか。それじゃあよろしく頼むよ」


 会長代理であるノストラはラーシュの直向きな印象を受けて雇う事が決まるのであった。


 そして、ラーシュはふと気になった。


 まだ、商会名を聞いていないと。


 王都の三大商会は王家御用達商会であるキングーヌ商会を筆頭にグローハラ商会、新参のランドマーク商会だ。


 これだけの支店を持つとなるとキングーヌ商会の傘下かもしれない。


 だが、あそこは王都に本店があった気がするが気のせいだろうか?


 ラーシュは期待に胸を膨らませると思い切って聞いてみた。


「ここはなんという商会でしょうか?」


「うん?──ああ、まだ、言ってなかったか。うちはランドマーク商会傘下のミナトミュラー商会だ。ここはその酒造商会部門のお店だ」


「え?ミナトミュラー商会……?それって……、ミナトミュラー男爵の……!?」


「そういう事だ。よろしく頼むな」


 ええ!?一番避けたい相手だったのに!


 ラーシュは、竜星組関係者の商会に入ってしまった事を知って愕然とするのであった。



「ええ!?ラーシュ、アルバイトでうちに雇ったの!?」


 リューはノストラの直接の報告を受けて驚いた。


「優秀な人材っぽいし、マルコも同意見だから雇ったけど駄目だったか?」


 ノストラは全然悪気がなさそうに、答えた。


「ラーシュが良いならいいけどね?彼女、僕と関わりたくなさそうな空気出してたから大丈夫かな?……まぁ、悪い人じゃなさそうだからよろしくね」


 リューは苦笑すると、ラーシュ採用の認可にサインするのであった。

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