第398話 裏社会で動きですが何か?

 平日の夕方、リューはいつも通り学校からランドマークビルの自宅に帰宅後、そこから『次元回廊』でマイスタの街長邸に通勤していた。


 執務室でリーンと一緒に目を通した書類にサインを書く作業をしている最中、ランスキーが急な報告という事で訪問して来た。


「珍しいね。どうしたの?」


 普段、あらゆる情報の収集活動やその整理、各部署への命令、直属の兵隊の訓練などランスキーは四六時中忙しくしているので普段の報告は部下を使う事も多いのだ。


「若、不測の事態です。抗争中の『月下狼』と『黒炎の羊』に動きがありました」


 ランスキーは一見すると落ち着いた様子で話す。


「『月下狼』が有利に立ち回っているんだっけ?もしかして『黒炎の羊』に大打撃でも与えたのかな?」


 リューは大方の予想で、そうなるかもしれないとは言われていた事なのでそれを口にした。


「それが……、『月下狼』の方が大打撃を受け、女ボスのスクラが行方不明になっています」


「え?本当?」


 意外な返答にリューも思わずランスキーに聞き返した。


「へい。まだ未確定情報ですが、部下の裏切りにあったとか、『黒炎の羊』が外の勢力の力を借りて反撃を行い、スクラもその勢いに危機感を感じて身を隠したのではないかなど情報が錯綜していますが行方知れずなのは事実です」


「……うちの直属の兵隊を動かそうか。ルチーナの部隊でもいいけど、今回はバラバラに動ける人間が良いから指揮も元冒険者でそういう事も得意なタンクに任せよう」


 リューは少し考え込むと、そう判断した。


 ルチーナの部隊は荒事専門で表と裏での違うタイプの集団戦も得意としているが、その兵隊を個々で動かすとなるとまた勝手が違う。


 ミナトミュラー一家の直属の兵隊はマイスタの古参達で個々で判断して動き間者も行える精鋭達だ。


 失踪した『月下狼』の女ボス、スクラを探し出し保護しつつ、『黒炎の羊』に『竜星組』が関わっていると気づかせないように慎重に動くなら直属の精鋭を動かすに限った。


「──わかりました。早速、手配します。タンクは執事助手としてマーセナルに付いていますが、そっちは大丈夫ですかい?」


 ランスキーはリューの身の回りに支障が出ないか心配した。


「マーセナルが忙しくなっちゃうけど、タンクもたまには活躍したいだろうし任せるよ」


 リューはランスキーの心配を笑って払しょくするのであった。


「それにしても、まさかこの状況で『月下狼』が足元を掬われるとはね……。『黒炎の羊』の動きはどうなっているの?報告が上がっていないけど」


 リューはその間の報告がなかったので、その辺りを咎めた。


「若、申し訳ありません。実はそれについては俺も寝耳に水でして……。どうやら短期間で『黒炎の羊』が外のどこからか兵隊を大人数密かに雇い入れて反撃の機を窺っていたのではないかと……。とはいえ、情報の精査もまだなので詳しい事はあまりわからないのが実情です……」


「外……か。まさかと思うけど『聖銀狼会』ではないよね?」


「そっちは大丈夫です。西部地方にはかなりの人数を割いて監視や情報収集を行っていますが、あそこに派手な動きはありません。俺は情報収集が行き届いていない東部方面ではないかと睨んでいるんですが……」


 ランスキーも今回の問題を重く見ているのかすでに予想を立てて部下を動かしているようだ。


「そうだね……。北部地方も最近は人をやって情報収集しているから、大きな動きがあれば自然と入って来るものね。そうなると東部地方が怪しいか……。あっちは今、裏社会が大抗争中で王都にも抗争に敗れたグループが結構流れて来てるよね?」


「へい。前回の報告会でも申し上げた通り、対処はしているので大きなトラブルにはなっていませんが、肝心の東部地方の情報収集はそっち方面の商人や関係者からのものだけでしたから、何か大きな動きがあったのかもしれないです」


「一難去ってまた一難かぁ。とりあえず、『月下狼』の女ボス、スクラの行方の有無、そしてできるならその安全確保と東部地方にも人を割いて情報収集しないといけないけど……、人手は大丈夫?」


 いくら王都の裏社会最大最強の『竜星組』でも人手は有限である。


 ただでさえ、表のミナトミュラー商会も忙しくしていて人手が余っているという事はない。


 南部地方にも人を割いたばかりであるからランスキーに確認するのも当然であった。


「東部地方の情報収集についてですが、少しお願いが……」


 ランスキーが申し訳なさそうに言って来た。


「?」


「比較的に近い本家にお願いして、東部地方について調べてもらう事はできないでしょうか?それならその分、人手不足に困らずに済むかと……」


「あ……。──そうだ、確かにそうだね!うちだけで何もかもやろうとしたのが間違いだったよ。頼んでみるよ」


 リューは目から鱗とばかりにランスキーの提案に納得した。


 東部の事ならランドマーク領も情報として必要になる事があるだろし、今や対等な同盟関係であるスゴエラ侯爵に聞く事もできるだろう。


 リューはその他ランスキーといくつか話し合いを行うと、ランドマーク本領に『次元回廊』を使ってリーンと共に早速お願いしに行くのであった。



 空が暗くなっており、灯りが付き始めた本領の自宅である城館前に二人は到着すると、父ファーザのいる執務室に向かった。


 ノックをして執務室の扉を開けると、そこには祖父カミーザと長男タウロ、執事のセバスチャン、その助手であるシーマ、そして領兵隊長スーゴもいた。


「丁度いいところに来たな」


 父ファーザがリューの急な訪問に驚く事なくそう反応した。


「?みんな集まってどうしたの?」


 リューとリーンが父ファーザの意外な反応と一同が介している事に首を傾げた。


「さっきスゴエラ侯爵から情報を貰ってな。その対応について話し合っていたのだ」


 父ファーザが説明を始める。


「どうやら、国境辺りで東部の貴族同士の争いが活発化していてな。隣国もそれを警戒してか国境付近で軍が動いているようだ。スゴエラ侯爵からはその情報と共に、警戒の為の人員を共同で出さないかという提案が来た」


 スゴエラ侯爵としては、隣国の動きは常に警戒しているはずだから、ある程度の準備はしているはずだ。それがこちらに相談してくるという事は結構深刻なのかもしれない。


 リューは、そう考えると東部の裏社会の動きも、それに連動しているのかもしれないと思うのであった。

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