第396話 国宝級ですが何か?
リューは南部王家直轄領エリザの街、竜星組の拠点である事務所の庭に最後の兵隊を運ぶと、訓示を述べてからマイスタの街長邸に戻って来た。
「お帰りなさい、リュー。それで次はミナトミュラー商会本部に行くのよね?」
リーンが馬車を手配して玄関前で待機していた。
いつもの護衛役であるスードはこの日は平日なのでもう家に帰っている。
「馬車の準備ありがとう。それじゃあ、マッドサインのところに行こうか!」
リューは楽しみにしていた結果を聞きに研究部門のある商会本部に馬車で向かうのであった。
移動中の馬車内。
「そう言えば、一年生の勇者エクス・カリバールって子。リズにやっぱり接触してきたみたいよ」
「そうなの?」
「さっき、ランスキーの部下がその事で報告に来たわ。なんでも、私達が帰った後の放課後の玄関前でリズに声を掛けたみたい。その時に取り巻きについて心配されたそうよ」
「取り巻きについて心配?ああ、以前からいるソバーニ侯爵の次男とかの事かな?ちゃんとした家柄だよね?」
「そうじゃなくて私達の事よ。特にリューの事を気にしていたみたい。リズは相手にしなかったみたいだけど」
「僕!?……やっぱり勇者スキル持ちとは水と油なのかなぁ。表立って敵対はしたくないなぁ。面倒臭そうだし……」
リューが正直な感想を漏らした。
「そうね。あっちは北部地方貴族の勢力だもの敵に回したくはないわよね」
丁度、お酒関連で進出を考えているところだったから、リーンはそれを察して答えた。
「それもなんだけど。彼ら、正義感に溢れているというか、うちとは合わないじゃん。情報を流してくれているオチメラルダ公爵家のエミリー嬢はお家の為にというのがある分、利害も一致するから分かり易いけど、勇者エクスとサムスギン辺境伯の子息ルーク、エクスに心酔してるっぽい獅子人族ライハート伯爵のレオーナ嬢なんかは正義の為ならという高潔さがあるみたいだからなぁ……」
王都裏社会の大組織を率いるリューとしては、光と影のような対比に苦手意識をもったようであった。
「リューがそこまで言うのって珍しいわね。でも、言いたい事はわかるかも……。勇者達の主張は正論だけど、ただそれだけなのよね。現実の一面しか見えていないというか……。それだと救える人は少ないというか……」
実直なリーンが考えながら答えた。
「人には表も裏もあるからね。表だけで人を判断して決めつけているからだと思う。僕に対する印象もきっと聞きかじりを鵜呑みにしての事だろうなぁ。でも、当人達には悪気がないんだろうから質が悪いんだよね」
リューは苦笑する。
そんな話をしているとミナトミュラー商会本部に到着した。
「お疲れ様です。若様!」
店先で掃除をしていた従業員がいち早くリューに気づくと挨拶した。
そして、奥にリューの来訪を知らせる。
「なんだい、若。報告した事なら返事はさっき聞いたぜ?」
奥から責任者のノストラが直接出て来て対応してきた。
「お疲れ、ノストラ。その事じゃないんだ。今日はマッドサインからの報告を聞いて来たんだ」
「ああ。そう言えば、研究部門が大騒ぎしてたな。──おい、誰か。若を研究部門に案内してやってくれ」
ノストラはリューの訪問の目的がわかると奥に引っ込んでいった。
どうやら、まだ仕事が残っているようだ。
リューとリーンは従業員の先導で研究部門のある部屋まで案内された。
「マッドサイン、話を聞きに来たよ」
リューは研究室の奥にマッドサインの姿を確認して声を掛けた。
「おお!若様、いらっしゃいましたか!早速、ですがこちらに来て下さい!」
マッドサインは話のわかる上司が来てくれたので嬉しそうだ。
ここからはマッドサインの長い話が展開された。
まず、聖剣『
「この製作者は実に素晴らしいです。技術の粋をかき集めて制作したのでしょうな。いかに当時のドワーフ族の鍛冶技術が優れていたかがわかります。それに、それに組み込まれた魔導具技術もまた素晴らしいです。これはいわば、技術者複数人による合作ですな。銘も刻まれていますが、それもこの剣に施した技術の一つとして意味のあるものとして使用されています。どれもこれも今では失われた技術ですよ!」
マッドサインは興奮気味に分解された聖剣の剣身や鞘、柄、鍔、柄頭、それに埋め込まれ加工された魔石など、完全に分解された状態のものを一つ一つ指差して説明した。
「……えっと、この分解状態のものは元に戻せるよね?あと、それらの技術は転用可能なのかな?」
リューがもっとも大事な疑問をぶつけた。
「それはもちろんです!これから詳細なデータも必要になりますが、転用は可能です。特にこの柄の裏側にミスリルで施された小さい魔法陣の図形わかりますか?」
マッドサインが二つに割った柄の裏側をリューに見せた。
そこには言う通り、小さい魔法陣が描かれていた。
「これは現在では失われた技術です。今ある魔法陣技術はこの魔法陣の劣化版、いや簡略化したものでしょう。これはその原型と言えるものかと」
その魔法陣をリューはどこかで見た事があった。
どこだろう?
リューは首を傾げた。
そして、気づいた。
これ、前世の自分がこちらに転生した時の魔法陣に似ているんだ、と。
「……ほとんど覚えてないけど、あれ、相当な技術だったんだなぁ」
リューは一人感心した。
「?」
マッドサインはリューの言葉が何を言っているのかわからなかったが、続けた。
「この原型といえる魔法陣と現在ある簡略化した魔法陣の技術を合わせて独自の形に出来ないかと試したところ、この聖剣『国守雷切』の強化版が出来ました」
「え?強化版?」
リューは思わず聞き返した。
聖剣の強化版?いきなり?
「ええ。この聖剣に組み込まれた魔法陣の雷魔法は初級的なものだったので、その強化を現在の簡略された魔法陣と組み合わせてみたところ成功しました!」
マッドサインはそう言うと、助手の一人に奥から一振りの短刀を持って来させた。
この短刀もリューが日本刀をイメージして製作をお願いしていたものだ。
「若様がおっしゃっていたドスという短刀に技術を込めてみました。金属は研究費の一部で購入した魔力が練り易いオリハルコンも使用、若様専用の一点物として製作してみました。これは聖剣を超えた代物ですよ!」
マッドサインが胸を張ってリューに手渡した。
「お、オリハルコンって神鉄って言われている最高級の希少金属の一つだよね?」
リューは苦笑するとその短刀を受け取り鞘から抜いて一目確認した。
「はははっ……。これはちょっと表に出せない気がする……」
リューは雷を纏う刀身を眺めながら、傍にいるリーンにそう漏らすのであった。
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