第363話 やり方はありますが何か?
王女一行は、交易の街トレドに数日滞在した。
そこを拠点に周囲の街や村に赴いて王家の威光を知らしめる為だ。
どこの街や村も歓迎ムードであった。
以前の侯爵統治時代の税率は七割だったのだが、現在、王家直轄領になってからは六割に下げてある。
まぁ、下げたというより、他の王家直轄領と同じ税率に合わせただけなのだが、領民達は税が下がった事だけでも大歓迎だったから、そこにまだ少女とはいえ、王家の第三王女が訪れたという名誉に感激せずにはいられないというものだった。
「さすがは王女殿下です。──税収を六割に下げるのはあまり感心できませんが、それ以外では見事な行いかと思います」
エラソン辺境伯の嫡男であるマジデールは王女リズに対して統治者としての先輩風を吹かせるように指摘しつつ、褒めた。
「……税収が六割では駄目なのですか?」
王女リズは、王家直轄地全体が六割である事は告げずに聞き返した。
「統治する側は、無知な民衆に余計なお金を持たせてはいけません。生かさず殺さずギリギリを税として徴収し、お金の最善の使い方をわかっている我々が民に代わって正しく使用する事でうまく経済を回せば良いのです。我が領内では税は最大で八割取っていますよ」
マジデールは当然とばかりにそう告げると、側近のゴーマス男爵に同意を求める。
「マジデール様の言う通りでございます」
ゴーマス男爵は頷く。
八割!?
リューはマジデールの言葉に正気を疑った。
ちなみにランドマーク領の税率は四割だ。
一時は五割だったが、領地にゆとりが持てるようになって、税率を下げたのだ。
もちろん、厳しくなったら上げる事もあるだろうが、今はこれでも十分やっていけている。
税率に関しては、領地を治める者の独断と偏見によるから、ピンキリであるが、平均すると六、七割くらいが普通かやや高めである。
国内全体の税率を把握出来る立場の王家は平均と思われる税率を掛けていたから、客観的に見れば正しいのはこちらだが、マジデールの考え方も統治側の貴族として全く存在しないわけでは無い。
それでも、高い税率であるのは確かだった。
「エラソン辺境伯領では、民衆向けの公共施設などが充実しているのでしたね」
王女リズはその辺りも詳しいのか答えた。
「ええ!無知な民衆では思いもつかない事も、我が父エラソン辺境伯の叡智を持って税を効率よく使用しております。他にも灌漑施設などの建造で、農作物に多大な影響を与えて豊作となり、また、それが税となって返ってきます」
マジデールは自慢気に言うと自領の成功を誇るのであった。
確かに、公共施設など必要な施設は統治者が判断して作ってくれないと民衆ではどうしようもない事がある。
あながちマジデールの言っている事も間違ってはいない部分もあるのだ。
そういう意味では、エラソン辺境伯のやり方は今のところは間違っていないのかもしれない。
だが、危うさはある。
このマジデールの考え方だと民衆を見下しているだけだから、この男の代になったら没落するのも早そうだ。
リューは色々と指摘したいところであったが、貴族の自領の統治はそれぞれである。
王女リズもそれを理解しているから深くは追及する気も無い様だ。
マジデールに気持ちよく語らせて、王女リズは「エラソン辺境伯の統治術を学ばせてもらいました」とだけ答えた。
もちろん、褒めたのは父親であるエラソン辺境伯の事であるが、それを語った自分の功であるかのようにマジデールは偉そうに胸を張る。
そして、勝ち誇ったようにリューに視線を送って来た。
「それだと民衆レベルで技術が育たない可能性がありますよね? そういうところはどうしているのですか?」
リューが素朴な疑問をぶつけた。
民衆にゆとりが無いと、技術も育つのが難しい。
より良い発想を持っていたとしても、それを形にする為の資金がなければ、実現する事はなく埋もれてしまう事になるのだ。
高い税収がそれを阻害している可能性は高いのではないだろうか?
それに統治者がそんな発想を持つ民衆一人一人に気づくには限度がある。
それとも、申告制度などが充実しているのだろうか?
「技術? その様な物は、我々知識人の中から自然と生まれてくるもの。民衆の浅知恵に統治者が何を期待するというのだ? それに、技術は買ってくればいい。商業ギルドに行けば、使用料を払って利用できるのだから困る事はないさ」
あ、この人、技術開発を軽く見てる人だ……。きっと、職人を抱えて投資するという発想もないんだろうな……。
リューはマジデールの返答に呆れた。
マイスタの街は、職人の街である。
リューの発想を形に出来るのは職人の技術力が高いからこそであるが、その技術も日々の仕事での積み重ねと、新たな事への挑戦で培ったものだ。
挑戦するにはお金と時間が必要だ。
高い税率でそれが出来る者がどのくらいいるだろう? 日々の生活に追われていては、「貧すれば鈍する」(貧乏すると生活の苦しさから愚鈍になるの意)のだ。
このお坊ちゃんにはそこがわかっていない。
リューはエラソン辺境伯領の未来が必ずしも良いとは思えないのであった。
王女リズもリューの質問からそれを悟ったのか、
「王都の傍にはマイスタという街があります。職人の街です。王家はその街をちゃんと生かす事が出来ませんでした。ですが、その街を与えられた貴族はその街を改革し生活にゆとりを与えて職人達を生かし、王家に貢献してくれています。あなたが先日自分の馬車を最新の物だと自慢していたのもその技術によるものです。そういう意味ではミナトミュラー準男爵に感謝しないといけませんね」
「え? ……そこでなぜ、ミナトミュラー準男爵の名が出てくるのですか?」
マジデールは王女リズの言葉に不服そうにすると、聞き返した。
「もちろん、それは、あの馬車の技術がここにいるミナトミュラー準男爵の街、マイスタから生まれたものだからですよ」
王女リズがリューを指差す。
「ま、また、お前か……!」
マジデールはリューに歯噛みするのであったが、それ以上は何も言えなくなるのであった。
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