第362話 本家超えですが何か?

 トレドの街の歓迎式典も終わり、エラソン辺境伯は、息子のマジデールとその補佐に与力のゴーマス男爵を置いて自領へ早々に戻る事にした。


 当初の目的であった王女への面会や、急遽変更した新たな目標もほぼ達成した様なものだと確信していたからである。


 あとは息子マジデールから王女を落としたという報告を待つだけだ。


 完全にリューの姿を見て、この程度ならうちの息子が負ける要素がない、と思われたからであるが、もちろん、リューはそんな風に思われているとは思っていない。


 だが、マジデールは早速、王女の傍に四六時中ゴーマス男爵と一緒に付き纏った。


 もちろんそこには、リーンもいれば、従者役のランスもいる。


 だから友人であるリューとスードもよく傍にいるのだが、マジデールはリューを敵視しているから他の者は眼中にはなく(リーンには色目を使っていたが)、ひたすら王女とリューの仲を邪魔し始めた。


 王女とリューが話せば、会話に割り込むし、休憩にリューがお菓子を友人達に出すと、マジデールが毒見と称して横から手を伸ばして勝手に食べ、味について難癖をつける、そして、彼のアピールタイムが始まるのだ。


 与力で側近であるゴーマス男爵は部下を数人連れており、マジデールをよく補佐していた。


 そのゴーマス男爵が、リューのお菓子の代わりに、入手した物をマジック収納から取り出してマジデールに渡す。


「現在、南部の交易の中心地は、我がエラソン辺境伯領の街に移行しています。そこで手に入らない物は無く、これもその街で入手した最先端のお菓子です」


 そう言って、マジデールがゴーマス男爵から受け取って王女に差し出したのは、どこかでも見た事がある形状をしたお菓子であった。


「……これは、リゴーパイ?」


 リゴーパイはリューが数年前にランドマーク領で作ったお菓子である。


 もちろん、商業ギルドに登録しているので、調べれば誰が作って登録したのかはすぐわかるはずなのだが、どうやら、この二人は気づいていないようだ。


「ふん。弱小派閥の与力でも名前くらいは知っているか。このリゴーパイは、我が領内にあるお菓子専門店の有名菓子職人が、どこからか作り方を入手し、その再現度は本家に勝るとも言われるものだ。貧乏貴族では拝むこともできない高級品だぞ。王女殿下にこれこそ、高級なお茶のお供に食べて頂きたい逸品です」


「「「「へー……」」」」


 リューをはじめ、リーン、ランス、スードは目を見合わせて、どういう反応したらいいのか困惑した。


「(あれ、完全にリューのところのリゴーパイだぜ?)」


 と、ランスが小声で指摘する。


「……(あそこまで、うちの商品自慢されると、指摘していいのか困るのだけど?)」


 と、リーンも同じく小声で困惑する。


「……(主、これは、はっきり言った方が良いのでは?)」


 と、スードも小声でリューに忠告した。


「(言えないよ……!あのどや顔だよ?僕が指摘したら完全に面目丸潰れじゃないか……!)」


 リューは、マジデールとゴーマス男爵のしてやったりという自信満々の表情を確認すると、とてもではないが、「それはうちの商品を基にしたもので、しっかり使用料を頂いています、ありがとうございます!」とは、言えないのであった。


 王女リズは、黙ってマジデールが差し出したリゴーパイを一口食べると、


「本家のものの方が、リゴーの実の味を引き出す為に甘さ控えめにしてあって美味しいわ。このリゴーパイは、使用した砂糖の量が多いのか甘すぎるし、リゴーの実の酸味がきつい」


 王女リズは、率直な感想を告げた。


「そ、そんな!?我が領内では、これ以上のお菓子はないと言われるくらいに評判なんですよ!?──え?本家?──王女殿下は本家のものを食べた事があるのですか!?」


 マジデールとゴーマス男爵は王女リズの感想に驚くと、唖然として聞き返した。


「本家も何も、目の前にその本家がいるわ」


 王女リズは、にこやかに笑みを浮かべるとリューの方に視線を送った。


 もちろん、視線の先にはリュー達がいる。


「どういうことでしょう……か?ボジーン男爵の嫡男殿か、エルフの英雄の娘であるリーン殿が関係していると?」


 マジデールとゴーマス男爵はその視線の先を確認しても、理解が追いつかなかった。


「このお菓子の発案者はそこにいるリュー・ミナトミュラー君よ。登録はランドマーク伯爵になっているけれどね」


 王女リズはどこでそんな細かい事まで調べたのか、マジデールが理解出来るように事細かに説明した。


「そ、そんな馬鹿な!?──ゴーマス男爵、そうなのか!?」


 マジデールは、頼りになるゴーマス男爵に事実を確認した。


「いえ、私もそこまでは……」


 ゴーマス男爵は答えに困り言葉が詰まった。


「マジデール殿。リュー君、……いえ、ミナトミュラー準男爵に感謝した方がよろしいですよ。彼のお陰であなたのおっしゃる美味しいお菓子が食べられるのですから」


 王女リズはまたも穏やかな笑顔を浮かべて事実を告げるのであった。


「……!──ゴーマス!ちょっと来い!」


 マジデールは与力であるゴーマス男爵を部屋の隅に連れて行くと小声で怒り始めた。


 ゴーマス男爵は平謝りである。


「自業自得なんだが、あまりに間抜けだな……」


 ランスが、その光景を見て小声で感想を漏らす。


「どの口が本家に勝るって言うのかしら……。──リズ、一口食べさせて。──本家の喫茶『ランドマーク』で出しているものの方が断然おいしいじゃない!」


 リーンは遠慮する事無く、日頃食べ慣れているリゴーパイと比べて、ばっさり切り捨てる感想を言うのであった。


「作り方はわかっても細かい部分までは伝わらないからね。使用料を払って再現しても細かい部分が再現できないのは仕方がないかぁ」


 リューも一口食べると、本家を超えたはずのリゴーパイの出来の悪さに、みんなとは違う開発者としての感想を漏らすのであった。

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