第361話 派閥の息子ですが何か?

 現在、南部には三つの派閥が存在する。


 筆頭はエラソン辺境伯派閥、続いてダイニン伯爵派閥、そして、最近できたばかりで最弱勢力と陰口をたたかれているランドマーク伯爵派閥である。


 元は、南部侯爵派閥が、エラソン辺境伯派閥と覇権を争っていたが、降爵による北部への転封で好敵手が消えて、南部における覇権は定まったと、エラソン辺境伯は確信していたのだが、今回の件で南部には大きな王家直轄領が出来た上、侯爵と争ったランドマーク伯爵家が生き残りの侯爵派閥の貴族達を従えて派閥を作り上げた。


 本来なら、侯爵派閥の生き残りは、エラソン辺境伯派閥とダイニン伯爵派閥が取り込むはずだったのに、争いに無傷で生き残った南東部のランドマーク伯爵にそれをかすめ取られたと憤っていた。


 それだけに、エラソン辺境伯は、ランドマーク伯爵派閥を会う前から敵対視した。


 だが、ランドマーク伯爵家は王家のお気に入りらしい。


 とはいえ、ここは王都から離れた南部地方だ。


 王家の威光はこんな離れた地方にはあまり影響はなく、本来なら歯牙にもかけないところだが、旧侯爵派閥のお取り潰しになった貴族達の旧領地はかなり広く、それが王家直轄領に丸々なってしまったのだから、話は別であった。


 王家の影響があまりないはずの南部の地が、急に王家の領地が出来た事で影響が大きい地に変わる事になってしまったのだから、エラソン辺境伯も思案のしどころである。


 王家直轄領、そして、ランドマーク伯爵派閥の各地に間者を送って様子を探っていたら、王家の代表としてエリザベス第三王女殿下が密かに南部入りしているという報告が上がって来た。


 もちろん、密かに南部入りしたわけではないが、急にランドマーク領に現れたのでエラソン辺境伯がそう勘違いしただけではあるが、エラソン辺境伯にしてみたら、重要情報だと判断した。


 そこで、すぐに与力達と、嫡男のマジデールを連れて、きっと最終目的地であろう旧侯爵領都であり、王家直轄領の領都に指名したエリザの街に向かったのであった。


 その道中、立ち寄った交易の街トレドで王女が今にも立ち寄るという。


 こんなにいいタイミングはない。


 エラソン辺境伯は、自分に風が吹いていると確信した。


 こうして、エラソン辺境伯と嫡男、そして与力達は王女を出迎えたのだったが、王女を見れば、容姿端麗な顔立ちだ。


 歳も十二歳らしいから、自分のところのマジデールとも釣り合わない事も無い。


 すぐにそこまで計算すると、挨拶の瞬間から嫡男のマジデールを王女と引っ付ける為に、同行を願い出たのであった。



 マカセリン伯爵は、これにはもちろん、眉を潜めた。


 エラソン辺境伯の狙いがわかったからだ。


 エラソン辺境伯の言う通りなら、嫡男のマジデールは優秀なのかもしれない。


 歳は十四歳くらいか?


 見た目も悪くない。赤い髪に茶色い瞳。背も高く、すらっとしている。


 もし、王女殿下がこの嫡男を気に入ったら、王女を通して王家への介入もしかねない南部の大きな勢力である。


 とはいえ、同行を断るわけにはいかない。王家の威光を示しに来た王女一行が、派閥の長の申し出を断り、わざわざ波風を立てて南部派閥の一つを敵に回していては、身も蓋も無いのだ。


 これは十分警戒する必要がありそうだ。


 マカセリン伯爵は、悩みの種が増えた事に顔をしかめるのであった。


「嫡男マジデールの同行を許可します」


 王女リズは、マカセリン伯爵の心配をよそにエラソン辺境伯の申し出を了承した。


 王女リズの承諾時にマカセリン伯爵の苦々しく浮かべた表情から察して、エラソン辺境伯は、勝ち誇った表情を浮かべた。


 うちのマジデールは、南部一の学校でも文武両道で女子生徒の羨望の的になっている。箱入り娘の王女の一人や二人、惚れさせる事など造作もないだろう。ランドマーク派閥の王家の寵愛も、すぐに我が派閥の元に向けさせてくれるわ。──これは、勝ったな! 


 エラソン辺境伯は、そう確信すると、内心勝利宣言していた。


 その後、トレドの街の街長邸において、王女リズとその一行の歓迎式典が行われ、その席ではずっとこの、エラソン辺境伯親子が王女リズの傍で話し続けていた。


 エラソン辺境伯は聡明な王女リズをいたく気に入り、なおさら自分の息子マジデールと結びつけようと南部における自分の派閥の存在意義をアピールしたり、王家直轄領の運営についても協力出来る事、そして、それらは全て息子が引き継ぐので王女の代でも南部は安泰だという主張を展開した。


 そんな中、王女側もこのエラソン辺境伯側に、連れの紹介を一人一人していった。


 エラソン辺境伯は、護衛責任者のヤーク子爵や、エルフの英雄、リンデスの娘のリーン、国王の侍従長を務めるボジーン男爵家の嫡男ランスなどには全く興味を示さなかったが、道案内役兼、今回の王女一行の南部訪問の立役者としてリューが紹介されると、目が鋭く変わった。


「ほう……、その歳でランドマーク家の与力ですか」


 エラソン辺境伯としては、現在一番気に食わない貴族の与力であったから、リューを完全に息子マジデールの敵になる相手と決めつけた様であった。


「よろしくお願いします、エラソン辺境伯。王女殿下とは王都の学校でご一緒している縁から、同行させてもらっています」


 リューは、かなり控えめに挨拶したつもりであったが、エラソン親子は、そうは受け取らなかった。


 王女と同じ学校で気に入られたから爵位をもらい、南部へ来てもらうきっかけになったのだと解釈したのだった。


 つまり、この少年より息子のマジデールが優秀な事をアピールできれば、王女の気持ちをこちらに向かせる事が出来ると判断したのであった。


 リューにしてみれば迷惑な話であるが、こうして領都エリザに到着までの間、マジデールからの対抗心にうんざりさせられる事になるリューであった。

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