第360話 辺境伯ですが何か?

 王女一行は、旧侯爵領第二の街・トレドに到着した。


 ここは、南部でも指折りの交易の街で、南部派閥時代には南部各地の特産品が集まって来るので、とても栄えていた。


 現在、王家直轄領になって、多少の混乱があり、隣領の他の派閥の街にその座を奪われた形になっているが、それでもまだ、活気がある街であることに変わりはない。


 そんなトレドの街に王女一行がやってくるという事で、領民のみならず、各地から商売や、一獲千金を夢見て集まった者達に迎えられて異様な盛り上がりを見せていた。


 街の者達は、独特の民族衣装を着けている。


 長い布を頭に巻き付け、そのまま顔も覆っているのだ。


 客引きや交渉で白熱すると口から飛沫が出る事があるから、相手や商品にその飛沫が掛からない様、未然に防ぐ為に推奨されたのが始まりの衣装らしい。


 前世の知識から想像すると、宗教的な意味合いで顔を隠すのかと思うところではあるが違うようだ。


 確かに、顔を布で隠しているのは商人達だけの様で、お客は普通に素顔で歩いている。


「変わった習慣がある街だな」


 ランスが、馬車の中から、その光景を見てそう感想を漏らした。


「でも、確かに食べ物なんかの商品に大きな声で客引きをしている商人の飛沫が掛かる事はあるから、理には適っているよね」


 リューがランスに説明した。


「それを想像すると、確かにな……。そんな食べ物買いたくないぜ……」


 ランスは想像すると、ぞっとするのであった。


「だよね……。うちの食品を扱う担当にはマスクを作って付けさせようかな」


「マスク?」


 ランスが初めて聞く単語に聞き返した。


「うん、彼らがしているものは暑いから、口の部分だけ覆う形のものをマスクって言うんだ。──衛生面から考えると、作って配った方がいいね」


 リューは、ランスに説明しながら、重要性について自己確認するのであった。


 そんなやり取りをしていると、トレドの街長邸に到着した。


 そこには、トレドの街の代官を務める官吏をはじめ、街のギルド代表者、有力な商人など多くの人々が整列していたのだが、それと一緒に貴族と思われる派手な身なりの一団も一緒に出迎えに参列していた。


 王女の馬車は、相手が誰かわからないので、馬車から降りるの少し待ってもらい、その間にマカセリン伯爵が、その貴族の一団に対応する。


 リュー達も王女よりも先に下車すると、そのやり取りに参加した。


「我々は、この南部の勢力のひとつであるエラソン辺境伯様当人とその子息、マジデール坊ちゃん、そして、エラソン辺境伯の庇護下にある貴族一同であります。ちなみに私は、エラソン辺境伯派閥で与力を務めさせて頂いているゴーマス男爵です」


 細面で背の高いゴーマスと名乗る男爵が、マカセリン伯爵に自己紹介をした。


「おお、昔、王都で一度会った事がありましたが、覚えておられるかな、エラソン辺境伯」


「もちろんですぞ、マカセルン伯爵。あまりに昔の事なので、記憶もあまりはっきりしないが、王都のパーティー以来ですかな」


 中年の渋い声にそれにあったどっしりとした体格、茶色い髪はオールバックで後ろに流し、その黒く眼光が鋭いエラソン辺境伯は、マカセリン伯爵の記憶が曖昧なのか名前を間違うのであった。


「マカセルンではなく、マカセリンですぞ、エラソン辺境伯。はははっ!」


 マカセリン伯爵は、訂正しつつ笑って握手を求める。


「これは失礼した!そう言えば以前のパーティーでも同じ間違いをした気がするな!がははっ!」


 エラソン辺境伯は豪快に笑ってマカセリン伯爵の手を握り返す。


 一見すると仲が良さそうにも見えるが、その握手には力が入っている様にも見える。


 誰か止めて下さい……!


 リューは、二人が揉めるのではないかと、護衛責任者のヤーク子爵の方を確認する。


 ヤーク子爵は関わりたくないのか、リューの視線を躱すように視線を合わせない。


「それで、辺境伯殿。王家直轄領に何の御用ですかな?」


 マカセリン伯爵は握手による力比べを終えると、エラソン辺境伯がここにいる理由を確認した。


「もちろん、この地を訪れている王女殿下に挨拶をする為ですぞ。偶然、うちの部下から王女殿下が南部を訪問していると報告がありましてな。そこで息子と丁度、我が領地に訪れていたうちの与力達を引き連れて参ったわけです」


 エラソンはそう言うと、ゴーマス男爵以下五人の与力がマカセリン伯爵に会釈する。


「よく、この街に来るとわかりましたな」


「それは偶然ですよ。旧侯爵の領都であるエルザの街には必ず訪れるだろうと思い、向かっている道程でここに立ち寄ったら、丁度、王女殿下を迎える準備をしており、これは運命と思いましたぞ。王女殿下はどちらにおられるのかな?」


 エラソン辺境伯は、いくつも並ぶ馬車に視線を送り、王女リズの乗車する馬車を探す素振りを見せた。


 マカセリン伯爵が、振り返ると頷く。


 すると、王家の紋章が入った馬車からリーンが下車して、次に馬車を降りてくる王女リズをエスコートした。


「おお!そちらにおられましたか!──私は南部最大の派閥を率いているエラソン、エラソン辺境伯です、お初にお目にかかりますぞ、エリザベス王女殿下」


 目の上のたん瘤である侯爵派閥が消失し、躊躇うことがなくなったのだろう、南部最大という呼称を使って王女リズに自己紹介すると南部式の腰を一度軽く落として頭を下げる挨拶をした。


 与力の貴族達もそれに合わせて頭を下げる。


「ご苦労です。エラソン辺境伯」


 王女リズは、南部式の挨拶で応じた。


「おお、エリザベス王女殿下はよくわかっていらっしゃる。我が派閥は王家への忠誠心が変わる事はありません。これからもよろしくお願いしますぞ。がははっ!」


 エラソン辺境伯はそう言うと隣の息子マジデールを前に出す。


「これがうちの息子なのですが、これが出来た子でして。現在南部一の学校に通わせているのですが、そこで首席なのですよ。同世代では誰も足元にも及ばない程の文武両道なのです。王女殿下とは同世代という事で、これは引き合わせて、顔を覚えて貰わねばなるまいと思った次第。つきましては、領都エリザまでの旅程にうちの息子も同行させてもらってよろしいですかな?」


 どうやらエラソン辺境伯は、息子を王女殿下と引き合わせたかったようだ。


 そして、あわよくばという下心が紹介内容からチラチラと見え隠れしている。


 王女リズの後ろで観察していたリューは、「リズも大変だ……」と、同情する気持ちになるのであった。

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