第358話 負傷したかもしれませんが何か?
リューは、対峙した三人の男達の中で唯一強そうな男に勝負を求めた。
「……いいだろう。侯爵家の領兵随一の剣技の持ち主と言われた俺がここで貴様を仕留め、職を失った奴らの慰めにしてくれる!」
男は、剣先をリューに向けて半身に構えた。
お? 言うだけあってやっぱり強そうだこの人。でも、素人二人を餌として利用しようとしたその根性は叩き直さないといけないな。
リューは男の構えを見て、そう判断した。
男は体格のいい二十代後半で、橙色の長髪を後ろで縛った赤い瞳に怒りを漂わせる眼光はとても鋭い。
当時相手をしていれば、忘れなさそうなものだが、その覚えがないという事は、当時現場で戦っていたリーンや大幹部の一人ルチーナが相手をしていたのかもしれない。
男は、剣を構えたまま、じりじりとリューとの距離を縮めていく。
この構えで少しずつ距離を縮めるという事は、初手は突きかな?
リューは暢気に男の出方を窺って攻撃されるのを待った。
男はそんな余裕溢れるリューの雰囲気を感じたのか奥歯を噛み締めると、目にも止まらない踏み込みでリューの眉間を狙って剣先を繰り出した。
「もらった!」
男は自分の間合いに余程自信があったのだろう。
突きを繰り出した瞬間に勝利を確信した。
だが、貫かれているはずのリューの姿はそこにはなく、男の攻撃は何もない空間を突いていたのだった。
「なっ!?」
消えたリューは、左側に移動していた。
男は慌てて後方に飛んで距離を取る。
「鋭くていい突きだけど、残念ながら僕はそれ以上の鋭い突きをする従者と、毎日のように剣の稽古をしているから、見切れるんだよなぁ」
リューは余裕の笑みを浮かべて答える。
「くっ……。あのエルフの事か! あの時、決着がつけられなかったが、俺の方が上のはずだ!」
男は、そう吐き出す様に言うと、今度は、みだれ突きを繰り出した。
その突きをリューは剣で捌き続ける。
「この程度ではリーンには勝てないよ。それに僕にはもっと勝てない」
リューは、手数の多い男の剣を完全に見切ると、大きく懐に踏み込んだ。
そして、リューの剣が男に振るわれた時だった。
それまで黙って観ていた二人の内のひとりが、懐から出した何かをリュー目がけて投げつけた。
不意を突いたその何かは、リューの脇腹に当たると、赤い染みが広がっていく。
「よ、よくやった!」
戦っていた男はリューに一瞬で詰め寄られた事で、慌てて距離を取ったのだが、事態を把握すると、勝利を確信した。
リューは、自分の脇腹が赤く染まっている事に驚いた。
僕が怪我をしている? 痛くないんだけど……。あれ?
「リュー!」
それまで、静かに待機していたランスが、リューが怪我をしたらしい事に気づいて慌てて駆け寄る。
「主!」
スードも同じく駆け寄り、リューと剣の男との間に入った。
「リュー!マジック収納から治癒ポーションを出せ!俺が治療してやるから!」
ランスは、膝を突くリューの肩を抱くと、リューを横にしようとした。
「いや、大丈夫だよ……。僕はなんともないから……」
「馬鹿を言うな!脇腹がこんなに真っ赤になって出血している……、うん?」
ランスはリューの脇腹を触ると、べっとりと赤い血がその手にはついたのだが、その手触りを確認して「あれ?」っと、なる。
「本当に痛くない、というか怪我自体していないから。これ、絵の具かな?」
リューも自分で脇腹に着いた赤いものの実体を確認するとそう答えた。
「何!? どういう事だ!?」
剣の男は、リューから距離を取って下がり、赤い物体を投げたらしい連れの男を見た。
「──すみません。ただの絵の具です……。絵描きの自分にはこれしかなくて……」
バツが悪そうに絵描きの男は答える。
「くそっ!」
剣の男はそう答えて背中を向けると、馬に跨り逃げ出した。
「追いますか、主?」
スードが、リューに確認する。
「さすがに馬相手に追いかけていたら時間が掛かって大変だからいいよ。それより、あの二人から話を聞こう」
リューは、絵の具の付いた服を脱ぐと、マジック収納から替えの服を取り出して着替え始めた。
「──わかりました。そこの二人、逃げるなよ。主が話を聞くとおっしゃっている。そっちから話してみろ」
スードは、警戒を解かず、ビギナーズラックで絵の具をリューにぶつけた男から話す様に促した。
「……わ、私はイッセン、聖芸術家メンタワイルを心の師と仰ぐ芸術家です。侯爵には絵描きとしての面で才能を買われて侯爵の肖像画などを描いていたが、本職はデザイナー。代表作は……、まだないです……」
イッセンと名乗った男は、観念したのか素直に答えた。
侯爵家の使用人の男も名を名乗ると、お腹を空かせる家族の為になるならと、剣の男から前払いでお金を少しだけ貰って参加したそうだ。
だが、それがリューに斬られる役として雇われた事を知って震えていた。
子供もいる。だからこそ、家族を残して死ぬわけにはいかなかったのだ。
「……どうしましょうか、主?」
「……うーん。──イッセンさんはデザイナーなら、家で雇って上げるよ。あなたの様なタイプ(服装を上から下まで眺めて)、うちにはいないからね。──そっちの人、ほら、これ上げるからまずは家族に美味しい物を食べさせてあげて。残りは、ランドマーク領での滞在費にして、仕事を探そうか。僕の名を出してくれれば、仕事はすぐ見つかると思うし」
リューはマジック収納からお金の入った小さい袋を出すと、侯爵家の元使用人に投げて渡した。
「雇うと言われても……。ランドマーク領ではないのですか?」
自称芸術家のイッセンは困惑しながら、聞き返した。
「僕は王都の近くのマイスタという街を治めているから、芸術家なら王都に近いところで活動したいでしょ?」
「お、王都!? 王都に行けるのですか!?」
「あ、でも、家族とかいるのかな?」
「いえ、私の親はすでに他界しているので、王都でもどこでも大丈夫です!というか王都に行かせて下さい!」
イッセンは、リューの提案に先程まで殺意を抱いていた事など忘れて激しく頷くのであった。
「う、うん。じゃあ、イッセンさんは、一旦、ランドマークの領都に送るから、僕達が戻るまで待っていて。その間の生活は、保障するから」
イッセンの圧に押されながらもリューはそう答えると、すぐに『次元回廊』で、イッセンをランドマーク領都に送り届けるのであった。
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