第357話 殺気を感じますが何か?

 王女一行は、次の街を目指して旅を続ける中、途中の村で休憩を取る事にした。


 もちろん、これも予定の一部で、前侯爵の時代から王家直轄領に変わった事を知らしめる為であるから、近くの村々もよりながらの旅程である。


「やっぱり南部派閥の長を務めていた侯爵の元領地だから、村レベルでも結構発展しているよね」


 リューは馬車を降りると、村の中を感心しながら周囲に視線を送る。


 王女リズの馬車からはリーンが下車して来たが、肝心のリズが降りてこない。


「リーン、何かあったの?」


 リューがリーンに駆け寄った。


 周囲の近衛騎士も厳戒態勢である。


 周囲に集まった村人達は、王女を一目見ようと集まっていたが、思ったよりも厳戒態勢の雰囲気に少したじろいだ様子であった。


「警護の近衛騎士の一人が、民衆の中に殺気を察知してマカセリン伯爵に報告したから警戒しているの」


 リーンも周囲を警戒しながら、リューに答えた。


「リーンはどうなの?」


「私も強い殺気を感じたわ。だからリズには下車せずもう少し中にいてと留めたの」


 リューの察知系はリーンに比べて格段に落ちるから、リーンが言うのならそうなのだろう。


 リューも周囲を警戒してみると、鋭い視線を感じた。


 その視線を感じる方向を見てみると、民衆の中にひとりの男がリューを見ていて、視線がぶつかった。


「見つけたぞ、ランドマーク家の小倅だな!」


 男はそう言うと、民衆をかき分けてリューに接近して来た。


 近衛騎士は王女の馬車の近くだからその男を止める為に立ちはだかる。


「それ以上近づくと害意有りとみて拘束するぞ!」


 近衛騎士の警告に男は、冷静さを取り戻したのか、両手を上げて見せると、


「すみません。下がります」


 と、答えると集まっている民衆の中に戻って消えるのであった。


「今の男から殺気が出ていたわ。あの口ぶりだとリューを狙っていたのかも」


 リーンが、察知系能力でリューに知らせた。


「……みたいだね。元侯爵家の関係者っぽい気がする」


 リューがそう答えると、警戒していた近衛騎士達も殺気が消えた事を感じたのか厳戒態勢を解いた。


「ミナトミュラー君は、南部派閥の蛮行を防いだ立役者の一人だけど、相手にとっては仇でしょうから、気を付けてね」


 馬車から下りてきた王女リズがリューに声を掛けてきた。


 どうやら、馬車の窓から一部始終を見ていた様だ。


「……そのようです。王女殿下にはご迷惑をお掛けしない様に処理してみます」


 リューは、人目に付く場所である為、礼儀正しくリズに答えるのであった。


 そこにマカセリン伯爵も近づいて来た。


「王女殿下、民衆に手を振ったら、念の為この村は早々に離れましょう。問題が起きてしまってからでは遅いですからな」


 その言葉に王女リズも頷くと、集まっている民衆に手を振ると馬車に戻るのであった。


 王女一行は、その村をすぐに離れる事になった。


 村長は残念がったが、こればかりは安全の為である、仕方がない。


 そして、王女一行は予定より早く次の街に向かう事にした。


 同時に、リューの乗る馬車は、王女の馬車とは距離を取る為、列の一番最後に移動した。


 村で殺気を放っていた男の狙いがリューである様だから、一行を巻き込まない為である。


 一行の総責任者であるマカセリン伯爵と護衛責任者のヤーク子爵も同意見だった。


「お? リュー。さっきの男と、その連れと思われる三人の乗る馬が、後から付いて来ているぜ?」


 馬車の扉を開けて外を覗き見ていたランスが、リューに報告する。


 リュー達の馬車は王女一行の最後尾を進んでいるから、付いて来ているのはすぐにわかった。


 近衛騎士二騎もそれには気づいていて、付いてくる三人を警戒している。


「どうやら、このままだと騒ぎになりかねないから、僕が収拾するしかなさそうだね……。──御者さん、脇に寄せて止まってもらっていいですか?」


 リューは、同乗者のランスとスードには、「手出し無用で」、と念押しすると馬車から降りて付いてくる男達を待った。


 男達は標的であるリューの姿を確認すると、急いでリューの元に駆け寄って来た。


「ランドマークの小倅!その首、貰うぞ!」


 村で殺気を放っていた男が、三人を代表して宣言した。


「……その前に、理由を教えて下さい」


 興奮する男達とは対照的に冷静な子供のリューが質問する。


「貴様が、領境の諍いで大暴れした時、俺もそこにいたから顔はよく覚えている。あの時、お前が均衡を崩さなければ、侯爵様はただの小さい揉め事として収めるつもりだったのだ。それなのに……、お陰で侯爵様は子爵まで降爵されて北部に転封。仕えていた俺達の多くは離散する事になったのだ! 全ては貴様が元凶だ!」


「そうだ!私は侯爵様にその才を認められて庇護下にあったのに、この度の一件で家族と共に路頭に迷い、食うに食えない日々の連続。どうしてくれる!」


「うちも同じだ! 使用人の職を失い、妻に離縁されたのだ!この恨み、晴らさずにおくべきか!」


 三人の恨みの内二人は、どうやら、諍い時に居合わせた兵士に吹聴されて、現状の怒りの矛先をリューに向けている様子だった。


「諍いの時に現場にいたというあなた。剣の腕はそれなりにありそうなので相手します。でも、残りの二人、あなたは剣を振るうのは専門外では?そちらの人も使用人と言うからには、剣の腕よりも雑用に向いている様子。怪我をしたくなければ、ちょっと待っていて下さい」


 リューはそう答えると剣を抜いて、腕が立ちそうな男に対した。


 三人は、この冷静な少年に息を呑み、顔を見合わせる。


 そして、強そうな男が二人に、「馬鹿、相手の口車に乗るな。三人で掛かれば倒せるはずだ!」と、残りの二人を煽った。


「……二人を煽って僕に斬らせている間に、その隙を狙うつもりか、二人を切り殺した罪をこの王家直轄領の代官に訴え出て、僕を貶めるのが狙いなのかもしれませんが無駄ですよ?」


 リューは男の狙いを見透かすと指摘した。


「な、何を馬鹿な!」


 図星だったのか男が動揺する。


 そして、あとの二人の男はリューと男のやり取りに驚いた表情を浮かべた。


「おい、待て! どういう事だ、あんた? 俺達はあんたがこの子供を罠に引っ掛ける為の餌だったのか!?」


「三人でなら勝てる相手だからって言ったのは嘘だったのか!?」


 二人はどうやら、この強そうな男の口車に乗せられて付いて来たようだ。


「……お二人の話は、後で聞くので待っていて下さい。──そこのあなた、相手しますよ?」


 リューは、剣を構えると鋭い視線を男に向けるのであった。

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