第352話 事件は起きていませんが何か?

 街の名士・コーザカの命令で胡散臭い領兵は、子供のリューを縛り上げようと不用意に短剣を引っ込めて近づいたのが命取りであった。


 リューは、自分の手首を掴んだ領兵の手をそのまま即座に振り返りながら引くと、領兵は体勢を崩してよろけた。


 そこにリューの回し蹴りが領兵の横っ腹に吸い込まれて行き、鈍い音とともに、壁まで吹き飛んだ。


「「「なっ!?」」」


 他の領兵、そして、コーザカは目の前の出来事に唖然として固まった。


 子供が軽そうな回し蹴り一発で領兵をひとり倒したのだ。


 そんな一瞬の相手の怯みをリューは見逃さない。


 すぐに踏み込むとコーザカの左脇に立っていた領兵のお腹に右拳を叩き込んで、廊下の壁に吹き飛ばし、泡を食ったコーザカの右脇に立っていた領兵のお腹に今度は足刀蹴り(足の外側の小指からかかとの間の部分での蹴り)を叩き込みこれもまた壁まで吹き飛ばした。


「コーザカ殿、抵抗してくれて構わないですよ。あなた、この街の裏社会での顔役なんですよね?」


 リューは、子供とは思えぬ凄みの効いた笑顔でコーザカに問うた。


「……だ、誰か!この小僧を──」


 コーザカが他の領兵を呼ぼうと叫ぶのと、リューの拳がコーザカの顔を殴り飛ばすのが同時であった。


 コーザカはリューの右フックに勢いよく回転しながら壁に叩きつけられるとその場で失神するのであった。


 そこへ、表から叫び声が聞こえてくる。


「だ、誰だ貴様ら!?」


「ぎゃー!」


「このエルフとこのガキ、強いぞ!」


 どうやら、リーンとスードがリューの動きに呼応して突入したようであった。


 表が騒ぎになっている間にリューは、室内を自由に歩いて行く。


 領兵は室内に子供がいるので驚くが、表の騒ぎが尋常ではないので、リューを咎めたてる事もせず、表に向かって走り去っていく。


 リューが家の奥にどんどん入っていくと、大きな扉があり、そこには見張りの領兵が一人立っている。


「……あそこか」


 リューは、躊躇する事無くその扉に向かっていく。


「小僧、そこで止まれ……。──って、と、止まらんか!」


 ドンドン近づいて来るリューに警告する領兵であったが、リューはもちろんそれを無視して領兵の目の前まで迫った。


 やっと領兵が慌てて剣を抜こうと剣に手をかけるが、肉薄しているリューは左手でその手を押さえ、「この距離でそれは悪手だよ」と答えると、右の拳を領兵の顔面に叩き込んで背後の扉に吹き飛ばし、扉はその勢いで開いた。


「……君は一体誰かね?」


 中には無精ひげを生やした中年男性がひとり、椅子に座って本を手にしていた。


 読書中だったのだろう。


「シーダタンさんですか?」


「そうだが、私に何の用かな?コーザカの使いには見えないが……」


「ご同行願います。今、あなたの為に体を張っている人達がいるので」


「?──よくわからないが、ここから出られるのならついて行こう」


 シーダタンは目の前に立つ少年リューに頷くと、本を机に置き立ち上がるのであった。



 リューは表でコーザカの手下であった領兵を一掃して室内に入って来たリーンとスードと合流すると、気絶しているコーザカを縛り上げ、スードにそれを担がせた。


 そして、立て籠もりが行われている街長邸に戻るのであった。



「王女殿下、お待たせしました」


 街長邸前で待機する王女リズにリューはそう告げると、スードに合図して縛り上げたコーザカを前に出した。


 そして、無精ひげの中年紳士を横に伴って続ける。


「こちらの男性が前街長であったシーダタン元準男爵です。コーザカは彼を監禁し、以前、恨みがあったシーダタン殿にでっち上げた罪を擦り付け、街長になった時の最初の仕事として民衆の前で裁くつもりだったようです」


「ミナトミュラー君、ご苦労様でした。お怪我はないですか?」


 王女は、頷くとリューの身を案じた。


「お気遣いはご無用です。コーザカが思った以上に小悪党だったので怪我一つ負っていません」


 リューは王女リズに笑顔で答えるのであった。


「そうですか、安心しました。──それではシーダタン。あなたの為に街長邸に立て籠もっている彼らを説得して、人質となっている人々を助けてあげて下さい」


 王女リズが、安堵から一転、王女としての表情でそう告げると、シーダタンは王女リズの威厳に平伏して、答えた。


「ははぁ!早速向かいます!」


 王女リズはその返事に頷くと、リューにも頷く。


 リューもそれに応える様に頷くと、シーダタンを伴って街長邸に入っていくのであった。


 立て籠もり犯の男達は、シーダタンの無事な姿を見ると、すぐに人質を解放、武器を全て屋敷前に放棄して領兵達に捕まるのであった。


「シーダタン様の事をよろしくお願いします!」


 嘆願する立て籠もり犯は、彼に以前お世話になった事がある者達で、この街や恩人であるシーダタンの危機をいち早く知り、立ち上がった有志達であった。


 今回の王家直轄領になった流れで、裏社会の顔役であったコーザカは混乱に乗じて名士を名乗って代官に接近、ある事ない事を吹き込み、周囲に口裏を合わせさせ、偽の資料も用意、まんまと代官を騙して自分を街長に推薦させるとこまで漕ぎ着けたのであったが、それを立て籠もりという行為で表沙汰にされそうになった。


 こうなるとシーダタンを生かしておいた事が裏目に出るので、リューがシーダタンに殺され、抵抗されたのでシーダタンも口封じで消す、というのがコーザカの咄嗟の筋書きだった様だ。


 代官は、まんまと騙されてしまったのだが、元々王宮勤めでこういう事にはからっきしの官吏だったのだろう、これは任命責任もあるから、代官ばかり責められないところであった。


「どうなされますか、王女殿下」


 マカセリン伯爵が今回の一件の判断を促した。


「コーザカは、王家が遣わした代官を欺き、私欲の為に私の友人や、領民達を危機に晒した罪でその郎党共々厳罰を持って処す。代官は一か月の減給。街長については改めて沙汰を待ちなさい。陛下には私からシーダタンを次の街長に推薦しておきます」


「立て籠もり犯達の処罰は?」


「ここでは何も起きていません。みなさん、酔いが回っているようですね」


 王女リズは、酔いの席での無礼講であったと言いたい様だ。


「なるほど!確かに、私も少し飲み過ぎましたな!」


 マカセリン伯爵はそう答えると、使用人にお酒を持って来させ、それを頭から被って見せるのであった。


「見事なお裁きだと思います」


 リューは、リズの王女としての判断をそう評価すると、リズと笑顔を交わすのであった。

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