第350話 立て籠もりですが何か?
王家直轄領、セクナンの街に王女一行は到着した。
当然ながら到着時間は伝令を走らせ知らせているので、領民は大歓迎である事はどの街とも同じ反応である。
出迎えるのは王家から派遣された代官と今回、街長への就任が決まっている街の名士であった。
「エリザベス王女殿下、ようこそセクナンの街に!」
王女リズが、代官と名士の挨拶を受けている間、リュー達は街の雰囲気を感じつつ、眺めていた。
旧領都であったシーパラダインの街が武芸の街であったのと比べて、こちらの街は商売の街というイメージで王女一行が通った大通りには数多くのお店が立ち並んでいた。
「モンチャイは統治者としては意外と優秀だったのかな?」
と、感心するリューであった。
「そうね、領都を武芸の街にしている時点で、疑問は残ったけど、こちらの街と住み分けしていたのね」
リーンもリューと同じ事を思ったらしく、セクナンの街の雰囲気に感心した。
「それでは街長邸で任命式を行いましょう」
代官が王女一行は街長邸に案内しようとした時であった。
「きゃー!」
という使用人の悲鳴が街長邸の館内から上がった。
「王女殿下、お下がりを」
ヤーク子爵が、王女リズの前に立つと周囲を警戒する。
マカセリン伯爵は、代官と名士に確認する様に命じた。
二人は何事かと館内から逃げるように飛び出してきた使用人に確認する。
「裏口から侵入して来た何者かに屋敷を占拠されました!」
「何!?王女殿下が来られたタイミングでなぜそんな事が!──領兵を動員せよ!すぐに事の収拾を図るのだ!」
代官は、慣れたものでテキパキと指示を出す。
名士の男は、どうしたらいいのかわからず、動揺している。
「……しばらく様子を見ましょう」
王女リズは、冷静にそう告げると、その場に椅子を用意させて座った。
街長邸の前の庭であるから館を占拠した敵も近くだからもう少し下がった方がいいのだが、気にする素振りがない。
「ヤーク子爵、僕達が敵を制圧に向かうので、王女殿下の護衛頼みます」
「もちろん、それが任務である以上、護って見せるが、ミナトミュラー準男爵、ここは領兵に任せるのが一番だろう?」
ヤーク子爵の言う事がもっともの様に思えた。
だがリューは、邸宅をこんな簡単に占拠できる相手がいるとも思えなかったから、領兵では力不足だと判断していた。
「今日、王女殿下が来訪する事はわかっていた事。つまり、領兵による周囲の警戒は普段より厳重だったはずです。それが、破られ邸内を占拠された事が引っ掛かります。領兵では対処できない相手の可能性がありますので、僕達にお任せ下さい」
リューは、そう分析すると王女リズ、マカセリン伯爵、ヤーク子爵にそう説明した。
そこへ、邸内から黒い布で顔を覆った男が、街長邸のメイドを人質にして玄関前に現れた。
「王女殿下に会わせて頂きたい!こちらは王女殿下以外と交渉する気はない。人質はこちらの条件を吞んで頂ければ解放していく!」
黒尽くめの男はそう答えるとメイドを引きずって邸内に引っ込んでいった。
「何を馬鹿な事を!王女殿下に直接交渉しようなどとは無礼千万。それだけでも打ち首に値するわ!」
マカセリン伯爵は、王女一行の責任者として怒気を見せると邸内に聞こえる様に怒鳴った。
「……リュー。今のマカセリン伯爵の発言だけで室内は動揺しているみたい。意外に与しやすい相手かも」
感知系の能力で室内を探ったリーンがリューにそうアドバイスした。
「……よし。王女殿下の代わりに僕が代理で話を聞いて来るよ。マカセリン伯爵では相手を刺激するだけだし、ヤーク子爵は護衛任務、同行している官吏のみなさんは、行きたくないだろうしね」
リューがそう提案すると、王女リズは素直に頷いた。
「ミナトミュラー君に交渉の窓口を引き受けてもらいましょう。お願いします」
「わかりました」
リューは頷くと一人玄関に向かって歩いて行く。
すると密かにこちらの様子を窺っていたのか玄関から黒尽くめの男が一人現れてリューに警告する。
「そこの子供止まれ!な、何の用だ!こちらは王女殿下としか交渉する気はないぞ?」
「その王女殿下の代理です。そちらの要求を聞く為に僕が来ました」
「……ちょっと待て。こちらの代表に聞いてみる!」
黒尽くめの男の一人は邸内に戻っていった。
数分経つと、先程の男だろうか?
「中に入れ!」
と、言って手招きする。
リューはそれに素直に従うと中に入るのであった。
邸内に入ると、中には黒尽くめの男達が五人いた。
人質らしい使用人が二人その傍に座らされている。
「別室に人質は沢山いる。王女殿下の歓迎の為にお客は沢山来ているからな。下手な動きはするなよ?」
リーンの教えてくれた限りでは相手が素人である可能性も考えたが、意外に人質を別室に分けて監禁するなど、計画的な部分もある。
咄嗟に逃げ出したお客も多そうだが、それでも捕まっている人質の数もそれなりに多そうだ。
相手の言う通り、ヘタな動きは出来なさそうであった。
そういう意味では簡単に制圧しない方がよさそうである。
「それで、そちらの要求を聞きたいのですが?」
リューは、交渉に入る事にした。
「……やけに冷静な小僧だな。──こちらの要求はいくつかある。ひとつはこの街の街長の後任予定であるコーザカではなく、先任のシーダタン元準男爵様に戻す事だ」
シーダタン元準男爵?モンチャイの与力だったので、モンチャイの爵位剥奪の際に連座でその地位を追いやられた一人のはずだ。──という事は、寄り親であるモンチャイの為の復讐か?
リューはそこまで推測すると、「……他には?」と、次の言葉を促した。
「我々の今回における行動について罪を問わないという王女殿下の確約する誓約書が欲しい」
「……その二つですか?」
「最後に、今回の事はシーダタン様は一切関係ないからこれも罪を問わないという確約をこちらも書面にしてくれ!」
黒尽くめの男はこれが一番大事なのか念を押す様に強めに言った。
「……こんな騒ぎを起こしておいて、それは難しいのでは?そのシーダタンさんとやらをこの街長に復帰させたいのであれば他にやれる事があったのでは?」
「……そうかもしれないが、次の街長がコーザカの野郎となれば、話は別だ。あいつはこの街の名士と言われているが、その実、裏社会に通じて、今の地位を汚いやり方で勝ち取った小賢しい悪辣な男だ。そんな奴がこの街の街長になってしまったら、我々に降りかかる災難は到底看過できないものだ。それに比べてシーダタン様は素晴らしい方だった……」
どうやら、話を聞く限りではこの街を思っての事らしい。
今回街長になる予定の名士・コーザカは代官が街に貢献する人物として名を上げ、推薦された為、国王が承諾した経緯があった。
もちろん、リューはそんな事は知らないが、それが事実なら問題は複雑だ。
第一、国王によって承認された街長を王女殿下が翻すのはあまりに危険な事である。
「……王女殿下にはそう伝えてみます」
リューは、そう短く答えると、王女の元へ知らせに戻るのであった。
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