第349話 小宇宙ですが何か?

 現在、リューを伴った王女一行は、旧モンチャイ伯爵領である現・王家直轄領内を巡っていた。


 一行は道中、広い場所に馬車を停車すると、お昼休憩を入れる事にした。


 王女の食事の準備は、専任料理人の仕事であり、料理長が使用人達に命じて火の用意や、調理器具を出させて下準備を始めだした。


 料理ができるまでの間、王女リズはリューやリーン、ランス、スードを相手に談笑する事にした。


 そこに、マカセリン伯爵が打ち合わせの為にやってくる。


「次の目的地は、旧モンチャイ領の中で、二番目に大きい街だったセクナンになりますぞ。そこでは、現在、代官が管理しておりますから、陛下により承認された街長の任命式を行う予定です」


 マカセリン伯爵は、書類に目を通しながら、青空のもと、王女の為に用意されたテーブルの上に関係書類を広げて見せた。


 それを囲む王女以下、リュー達が、その書類を見る。


「地元の名士を街長に決めているのね」


 王女リズは目を通して確認する。


「はい。元々はモンチャイの与力が治めていましたが、例の件の連座の為、準男爵位を剥奪され、街長の地位は空位でしたからな。ミナトミュラー準男爵の『次元回廊』で官吏をいち早く送り込めたので、さほど混乱はありませんでしたが、今回、地元の者を立てて治めさせるのがよいだろうという陛下の判断ですな」


「わかりました。私は陛下の代理として任命すればよいのね」


「その通りでございます」


 マカセリン伯爵はこの理知的な王女リズをとても評価していたから、満足げな表情で頷いた。


 その他もろもろの打ち合わせをしていると、そこに王女の専任のメイド長がやってきた。


「王女殿下、お食事のご用意ができました」


「ありがとう」


 リューはそれを確認すると、自分達の分も食事を用意する事にした。


 王女専任の料理長は王女の為に料理を用意するが、他の者達の料理は別である。


 この様な野外において、他の者達は旅のお約束である携帯食が当然であった。


 とはいえ、王女一行の責任者であるマカセリン伯爵は例外で王女リズと一緒に食事を取るので同じものが食べられる。


 この辺りは、羨ましいところだ。


 リューは、マジック収納から大きな寸胴を出して見せた。


 その寸胴の中身は湯気が立ち、出来立てほやほやなのがよくわかる。


 そして、その香りが一帯に広がった。


「今日は、オーク肉のシチューと喫茶『ランドマーク』の焼き立てパンに、各野菜の天ぷらを用意してみました」


 リューはそう言うと、これまた、マジック収納から取り出したお皿によそってリーン達一人一人に渡していく。


「……ミナトミュラー君、私にもおすそ分けいいかしら?」


 王女リズは一帯に漂うあまりのいい香りに、料理長渾身の野外料理を前に思わずそう漏らしてしまうのであった。


「王女殿下、はしたないですぞ……!──では少し、私達にも分けてもらえるかなミナトミュラー準男爵?」


 マカセリン伯爵は王女リズを注意するのであったが、実は伯爵本人もリューの用意した料理が気になっていたから、あまり、強くは言えないどころか、お願いするのであった。


「あはは……。わかりました」


 リューは、答えると王女リズの分も小さいお皿によそおうとしたのが、ある事を思い出した。


 それは以前、喫茶『ランドマーク』に王女リズがお忍びで訪問した時、片っ端からメニューの品を食べたという話を同級生のシズから聞いていたのだ。


 本人はたまたまと言っていたが、たまたまで新メニューを定期的に発表している喫茶『ランドマーク』の数々の料理を一度で沢山食べられるわけがない。


 王女リズは剛の者であるという認識をリューはしたのであった。


 なので、大きめの皿にオークシチューを入れ直す。


 もちろん、お肉多めだ。


 天ぷらも三割増しでお皿によそう。


 パンはマカセリン伯爵の分も含めてバケットに山盛りにしてテーブルに置いた。


「ミナトミュラー準男爵、王女殿下の量が多すぎるぞ。これでは食べきれないであろうが」


 マカセリン伯爵が、細身の少食そうな王女に気を遣ったつもりで注意した。


 余計な事を言っちゃ駄目だよ、伯爵!リズの胃袋は小宇宙だから! 


 リューは内心で必死のツッコミを入れるのであった。


 王女はせっかくリューが多めによそってくれた料理の数々が没収されると思ったのか、


「大丈夫よ、マカセリン伯爵。ミナトミュラー君の方の料理から頂くわ」


 と、答えると、メイド長が下げようとする一歩手前で踏みとどまった。


「そうですか?そうなるとせっかく料理長が腕を振るった料理が……」


「料理長のコース料理はどれも一品ずつだと少量だから平気よ」


 王女リズは、ニッコリとマカセリン伯爵に笑顔を向ける。


「ですが──」


 マカセリン伯爵は王女リズがみんなに気を遣って無理をして食べる気だと誤解して食い下がろうとした。


「マカセリン伯爵、それ以上は──」


 駄目だよ、リズが食べたがっているんだから、気づいて!


 と、後半は言葉にならない言葉を飲み込んでリューが伯爵の肩に手を置くと指を食い込ませて止めた。


「イタタッ!ミナトミュラー準男爵、肩が痛いぞ!」


「これはすみません、伯爵。ちょっと力が入り過ぎましたね。余計な事はお考えにならず、食べて感想を教えて下さい」


 リューは王女リズから話を逸らさせようとする。


「う、うむ。だが、勿体ない──」


「残ったらマジック収納に入れておくので大丈夫ですよ伯爵。それより、冷めないうちにお食べ下さい。それでは、みなさん頂きましょう」


 リューは、有無を言わせず食事を始めさせるのであった。


 王女リズは、静かにオークシチューのお肉をスプーンですくって口に運ぶ。


 そして、パッと笑顔を浮かべた。


 どうやら口に合ったのか、とても美味しいようだ。


 ゆっくりと王女リズは、一口一口食べていくのだが、観察しているとそのペースは一定のリズムで行われ、一見すると大食いしているようには見えないのだが、料理は確実に減っていく。


 前世でフードファイターはリズムを大事に一定のペースで食べるとは聞いていたけど、リズはまさにそれじゃん!


 リューは、王女リズを観察した結果、その答えに行きつくのであった。


 王女の前にあった料理は、綺麗に食べ残しが出る事がなく無くなっていた。


 マカセリン伯爵もあまりに自然な流れで王女リズの前の料理が消えていたのでどれだけの量が食べられたのか疑問に思わずに食事は終わったのであった。


「ミナトミュラー君の料理、とても美味しかったわ」


 王女リズは、満足そうに感想を漏らすと、マカセリン伯爵、いつの間にか同席していたヤーク子爵も頷く。


「ありがとうございます。これからも喫茶『ランドマーク』をよろしくお願いします」


 褒められたリューは素直に喜ぶと、笑顔で本家の宣伝をして満足するのであった。

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