第340話 王女一行ですが何か?

 エリザベス王女の歓迎晩餐会の翌日の朝。


 王女一行は、南部の王家直轄領に向けて旅に出る事になった。


 通常なら、リューが先行して王家直轄領に向かい、そこで『次元回廊』を開いてからエリザベス王女ことリズの一行は呼び寄せればよいのであるが、王家の威光を示す為にも多少の旅程は必要との判断であった。


 それに、王家としては国への貢献度が高いランドマーク家に対して、名誉を与える為にもランドマーク領内を旅する形を取っているところもある。


 王家直轄領はランドマーク領と接しているし、王家直轄領が南部に生まれたのも理由はランドマーク家が南部派閥に不当に絡まれたことに経緯がある。


 そのトラブルの原因は南部派閥側にあり、ランドマーク家は全く問題が無かった事を示す為にも王女一行の旅程の大半をランドマーク領内を進む事で代弁しているのであった。


 王女一行は、ランドマーク領内を進む旅に非常に満足していた。


 なにしろ進む道は全て街道並みに整備されている。


 そして、馬車はランドマーク製の特別車両で乗り心地も非常に良い。


 これには、王女以下、一行の責任を任されているマカセリン伯爵、護衛のヤーク子爵も辺境のはずの南東部の道路事情に驚かされるのであった。


 王女の馬車に特別に同乗を許されていたリーンは、自慢げに、


「この道も元々は、リューが領民の生活向上の為にと、ひとりで何か月もかけて整備したものなのよ!私がリューの従者になった時にはすでにこの道は出来ていたの、凄いでしょ!」


 と、誇るのであった。


「ミナトミュラー君は本当に、小さい頃から家族や領民の為に何でもしていたのね」


 王女リズは、リューの原動力がここにあるのだと感心した。


 自分も国民の為に何が出来るのかという思いがある。


 リューはその手本というべき人だと、改めて尊敬の念を抱くのであった。


 実際、リーンの話では、領都の城壁をはじめ、道の整備、さらには清潔な街を保つ為にトイレの設置なども行ったらしい。


 驚く事にこの街の領民の識字率は非常に高く学校整備もリューが行い、それが領内全域に広まったのだとか。


 リーンのリューの自慢は果てがないが、リズにとってそれは国の偉人の行いを聞いている様であった。



 リューは、道案内役としての長男タウロの馬車に続き、先頭グループの馬車に乗車していた。


 馬車の扉にはミナトミュラー家の紋章も入れてある。


 ランドマーク領の領民はそれをちゃんと理解しており、長男タウロや、リューの馬車が通ると、「タウロ様!」「リュー坊ちゃん!」と、手を振って声を掛けていた。


 もちろん、王家の馬車が後続に続いている事も理解して、みんな深々と頭を下げているのだから、識字率だけでなく、一定の教育が行き届いている事がわかる証拠であった。


 リューの馬車に近づく馬に跨った一人の騎士がいた。


 王女の護衛である近衛騎士隊長のヤーク子爵である。


 昨日の不手際があったので、その羞恥心から王女の傍をずっと進む事が出来ず、先頭まで来たり、馬の歩を緩めて最後の車両まで遅れずに付いて来ているかなど確認したりと仕事熱心にする事で昨日の醜態を忘れようとしていた。


 そのヤーク子爵が、馬車内のリューに声を掛けた。


「ミナトミュラー準男爵は、以前の領民に慕われているのだな」


「この辺りの領民は貧しい時代に苦楽を共にした者が多いですから。今でこそ豊かになりましたが、数年前までは手探りの状態で領民も僕も必死でした」


 リューは馬車から顔を出してそう答えると、手を振る領民にも手を振り返した。


「そうか……。意外に苦労しているのだな」


「意外とは心外です。当時は食事も質素だったので四歳の頃には一人森に出かけて食べられるものを家族の為に探していたんですよ」


 リューは笑って苦労話をヤーク子爵にした。


「四歳で!?……そうか、私の家も当時は贅沢とは程遠い貧乏貴族であったが、そこまでではなかった。あの時は自分はとても不幸だと思っていたが、準男爵はもっと苦労していたのだな」


 ヤーク子爵はリューの苦労話に共感するのであった。


「はははっ!いえ、僕は家族や領民の喜ぶ顔を見られただけで幸せだったので苦労も苦ではありませんでした。楽しい事ばかりではありませんでしたが、それも含めていい思い出です」


 リューはヤーク子爵に話を振られる事で幼少期時代を思い出す事になったのだが、懐かしい気分になれて喜んだ。


「そうか。準男爵は正直、才能に恵まれて成り上がった苦労知らずと思っていたが、俺の間違いであった。すまなかった」


 ヤーク子爵は、馬上からリューに頭を下げた。


「謝らなくてもいいのですよ、ヤーク子爵。確かに僕は家族や領民には恵まれていましたから、ある意味、苦労知らずかもしれません。はははっ!」


 リューはヤーク子爵の謝罪を重く受け止めず、そう笑って答え、受け流すのであった。


「恵まれていたか……。準男爵は確かにある意味恵まれている様だ。俺は自分が恥ずかしい。お陰で目が覚めた」


 ヤーク子爵は、リューの快活さに心打たれると明るい表情を浮かべるのであった。


「昨日の事も忘れるに限りますよ」


 リューはそんな爽やかな笑顔を浮かべるヤーク子爵に茶化す様に冗談を言った。


「そ、その事は忘れてくれ!あれは飲めないお酒を飲ませた準男爵にも責任はあるのだぞ!」


 ヤーク子爵は、少し慌てるとリューに言い返す。


「そうでした。僕にも責任の一端がありましたね!あはははっ!」


 こうして打ち解けたリューとヤーク子爵は、しこりも無くなり、仲良くなるのであった。

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