第339話 無礼講ですが何か?

 リューの王女への領都の説明はまだ続いていた。


「それではあちらをご覧下さい」


 リューはそう言うと今度は遠くを指差した。


 その先には、鬱蒼とした深い森が地平線まで広がっている。


「あれが、魔境の森です。ランドマーク家は領地に接したあの森の奥からやってくる魔物と日々戦い、討伐して国境を守護しています」


「……王都にいては考えられない日常ですね。王国の者として国境を護るみなさんには頭が下がります。ミナトミュラー君のお祖父様やお父様のご活躍は遠く離れる王都の私達にも知られています。数年前にはオークキング率いる軍勢を領兵と冒険者のみなさんで、力を合わせ撃退されたとか……。父、国王陛下もその武勇に感心しておられました」


 リズは、当時の父の興奮して語る姿が印象的だったのか思い出し笑いをしつつ、語った。


「あー、あれですか!僕や兄も参加しましたが大変でした」


 リューは笑って当時の祖父カミーザ、父ファーザ、領兵と冒険者の活躍を事細かに語って見せた。


「まぁ!ミナトミュラー君も活躍されていたなんて!私がその話を聞いていた時を考えるとミナトミュラー君は数年前から凄かったのね」


 リズは感心して笑った。


 リューのスケールの大きさは昔からだったのだと思うと、何か可笑しくなったようだ。


 リズにとって、学園では追い越すべき目標として上にいるリューだったが、ランドマーク領時代のエピソードを聞くだけで自分がどれだけ凄い相手を目標にしているのかと思えば、笑いが漏れずにはいられなかった。


「本当に凄いのは祖父や父、兄達です!」


 リューは謙遜ではなく心の底からそう答えた。


「ふふふっ。ランドマーク伯爵家のみなさんも、ミナトミュラー君同様、立派な方々ばかりなのね」


 リズはそう評価するのであった。



 一通り説明した後、リズが街に下りてその街並みを見物したいと言うので、父ファーザは長男タウロと、リュー、リーンの三人に任せる事にした。


 王女の付き人には、ランスをはじめ、数人のメイドや使用人が付き従い、近衛騎士も物々しく周囲を警戒していたから、行く先々で領都の住民達は緊張するのであった。


 ランドマーク製の特別仕様の馬車で、職人通りに案内した。


 ランドマーク家といえば、よくリューも訪れていた自慢の工房がいくつも連なっているのが職人通りであったから、そこを見て貰おうと思ったのだ。


 警護する立場であるヤーク子爵はリズの「お召し物が汚れる」と反対したが、それを押し切ってリズはリューの案内の元、ランドマークビルで売られている商品の数々が生まれた工房を見て回るのであった。


 この日のリズは、王都から遠く離れた知らない土地で羽を伸ばしている様に映った。


 長男タウロやリューの説明の内容に感心しながら、時には作業中の職人に興味を持って直接話しかけるなど楽しんでいる雰囲気が伝わって来た。


 そんな中、声を掛けられた職人は一様に緊張して質問に答えられず、一緒に作業する事も多い専門知識もあるリューに助けを求めて視線を送ってくるから、リューが助け舟を出してフォローする場面もあったが、それもリズは楽しんでいる様であった。



 あっという間に時間は過ぎ、夕方を迎えた。


 リズとその一行は、伯爵領にしては小さいが活気があり、発展目覚ましいこの領都の雰囲気を感じてくれたのか和やかな雰囲気であった。


「それでは、館に戻りましょう。王女殿下歓迎の晩餐会も準備していますので」


 長男タウロは笑顔でリズとその一行に楽しんで貰えた手応えを感じつつ、移動を促した。


「楽しい時間はあっという間ね」


 リズから嬉しい一言を貰って長男タウロも内心有頂天であった。



 その日の晩餐会は、リズが無礼講を許可した事でちょっとした盛り上がりを見せていた。


 本来なら、王女であるリズの手前、お酒も控えめにして、静かに行われる予定であったが、リューが自慢の『ドラスタ』と『ニホン酒』を持ち込んでいたので、別室で食事をしていた近衛騎士や使用人は歓声を上げて高級なお酒を楽しんでいるらしくその声が、リューやリズのいる部屋まで聞こえて来ていた。


「みんな楽しんでくれているみたいね」


 リズは、その声を聞いて自らも楽しんでいた。


 リズのいるこちら側の部屋は、ランドマーク家一同に、リュー達ミナトミュラー家、王女リズにマカセリン伯爵や側近であるランスも特別にこちら側にいたのだが、ヤーク子爵は王女殿下の警護を優先し、一緒に食事する事を拒んでいた。


 しかし、リズの命令で渋々この晩餐会に参加する事にした。


 リューはヤーク子爵が肩ひじ張って真面目過ぎるので、お酒の一杯でも飲んでもらい、少しでも和んで貰おうと、果実の飲み物だと言って自慢のお酒を飲ませてみた。


 ヤーク子爵は、その飲み易くて美味しいドラスタのお酒を飲み干すと、見る見るうちに顔が真っ赤になった。


 リューはその姿をみて、下戸だからお酒を飲まないのか!と、気づいたのだったが、時すでに遅し。


 ヤーク子爵は、周囲の人間に酔っ払って絡み始めた。


 最初は飲ませたリューに「騙したな!」と、しどろもどろで悪態を吐いたが、このお酒は確かに美味しいとも、褒めてくれた。


 次に、今回の上司であるマカセリン伯爵に愚痴を漏らし始めた。


「みんなわかってませんよ~、伯爵~!自分がこんなに王女殿下を護ろうと必死なのに、みんな理解していないのですよ~!そうでしょ?」


 マカセリン伯爵は、まじめに「そうだな。お主の気持ちもよくわかる。お主は見事にその任務を果たしていると思うぞ」と、ヤーク子爵の仕事ぶりを褒めてあげると、今度は泣き始めた。


「伯爵~!あなたならわかってくれると思いましたよ~!」


 うわーん


 これはいけない。


 リューは、飲ませた事を反省すると、マカセリン伯爵に水を渡してヤーク子爵に飲ませるのであったが、中々酔いが冷めない。


 そして、ついに絡み酒は王女リズにも矛先が向いた。


「殿下~!自分は、殿下の為に尽くしております!それをご理解頂けないでしょうか~!」


 泣きながらヤーク子爵が、訴え始めた瞬間であった。


 末席で静かに食事をしていた末っ子のハンナが、「うるさいです」と、言うと魔法を詠唱してヤーク子爵に放った。


 魔法がヤーク子爵当たった瞬間、本人はぴたりと止まった。


 末っ子ハンナが使った魔法は、状態異常回復魔法だったのだ。


 その為、一気に酔いは醒めた。


 そして、正気に戻った瞬間、ヤーク子爵は自分がやらかした事を一瞬で理解し、凍り付いたのだった。


 そして、数秒の停止から次の瞬間、


「も、申し訳ありませんでした!」


 と、ヤーク子爵はその場に土下座して床に額を押し付け、王女リズに謝罪するのであった。


 もちろん、リズはヤーク子爵の醜態を無礼講であったからと、許すのであったが、晩餐会終了後もヤーク子爵一人だけが、反省の為にその場で正座したまま落ち込む姿があるのであった。


 ヤーク子爵、本当にごめんなさい……!


 リューはその姿を見て、自分も深く反省するのであった。

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