第333話 準男爵の話ですが何か?

 オイテン準男爵の日常は、忙しい。


 本来なら寄り親であるノーズ伯爵より賜った領地運営の為に日々励むところであったが、オイテン準男爵は領地において質素倹約を貫き、領内を良く治めていたので、安定していた。


 だから領内は執事に任せて、近年は王都で活動をしている。


 活動というのは、人脈作りの事だ。


 幼い息子の将来の為に、その人脈作りを積極的に行っているのがオイテン準男爵であった。


 とはいえ、貴族の人脈作りには大概お金がかかる。


 もちろん、オイテン準男爵にはほとんどお金が無い。


 だから、王都内の移動はほとんど徒歩であった。


 最初は自前の馬車で移動していたが、それにかけるお金も勿体ないと考えたのだ。


 年老いたオイテン準男爵に徒歩は堪えるはずだが、幼い息子の為と思えば、貴族屋敷に徒歩で赴く労力も安いものであった。


 オイテン準男爵には、上級貴族への人脈は皆無であったが、下級貴族との人脈作りは順調で、色んな情報もこの横の繋がりで入ってくる。


 そこに入って来たのが、ミナトミュラー準男爵の名前であった。


 現在、王都でその名前を知らない者はいないであろうランドマーク伯爵の与力であり、最年少で準男爵の地位を得た優秀な人材だという。


 オイテン準男爵でもランドマーク伯爵の名前は知っている。


 最近、息子を連れて、ランドマークビルに赴き、『竹トンボ』というおもちゃを買って上げたばかりだ。


 王都でもかなり高い建物の一つとして、目立っていたし、この一年で王都内にランドマーク印の商品が出回っている。


 数年前は騎士爵だったらしいから、その時に出会えていれば、息子の将来に大切な繋がりが持てたのにと思ったものだ。


 今では、伯爵だから、近寄る事も出来ないだろう。


 だが、ミナトミュラー準男爵は、その伯爵の与力だという。


 他の下級貴族も自分同様、ミナトミュラー準男爵とは人脈を作りたいという事で、面会の予約を団体で取ろうという事になった。


 自分も日頃から下級貴族の面々とは親しくさせて貰っているから、その中の一人に入れてもらえる事になった。



 これはチャンスだ!


 オイテン準男爵は、面会の前日から挨拶を考え、どうアピールして仲良くなるか知恵を練ったのだが、当日はそんなに甘くなかった。


 他の貴族達が我先にとミナトミュラー準男爵にアピールしようと前に出るので、自分にはチャンスが訪れなかった。


 いくら下級貴族とはいえ、礼儀は弁えている。


 他の貴族達はミナトミュラー準男爵が困った表情を浮かべている事を気にする事無く、自分の紹介を続けていた。


 自分はその後ろで黙って、その光景を見ていたが、ミナトミュラー準男爵の側近だろうか?女性エルフがこちらを見た。


 最初は、偶然と思ったが、確かに視線が合った。


 私は、軽く会釈すると、あちらも軽く会釈して何か口を動かしている。


 咄嗟にその唇を読むと、お名前は?と、動いていた。


 おお!聞いてくれるのか!?


 私はこの美しい少女エルフに寄り親の名と、自分の名を告げた。


 ちゃんと聞き取れているのか、頷いて「私はリーン」と、名乗ってくれたようだ。


 ようだ、というのは、唇を読むとそう認識できたからだ。


 その日の面会は、結局それだけしか手応えはなく、ミナトミュラー準男爵本人とは言葉を交わせなかった。


 他の若い下級貴族達は一言二言、言葉を交わせたと周囲に自慢していたから、自分は何もできなかったと、後悔した。


 歳が邪魔をしたのか?


 それとも、貴族としての自尊心や礼儀が邪魔して、強引に話しかける事ができなかったか?


 自問自答して反省した。


 息子の為に、あそこは強引に行くべきだったと結論に至って、溜息を吐くのであった。



 それから翌日。


「なんと!?一週間後のパーティーに招待された!?」


 オイテンは、ミナトミュラー準男爵家からの招待状に震えた。


 中身には、夫人と息子を同伴して下さいと、書いてある。


 早速、領地から妻と息子を呼び寄せ、当日、また、マイスタの街へ、この日の為に借りた馬車で赴いたのだが……。


 屋敷の前で、


「オイテン殿。今回のパーティーは、ミナトミュラー準男爵との交流の場。家族まで連れて来てどうするのですか?はははっ!」


「そうですよ、オイテン殿。いくらなんでも、お言葉に甘えすぎです。わははっ!」


「昔の社交場ではそうだったのですか?今は時流を読んで行動しないと」


 と、同じく招待された若い下級貴族達に、一人家族を連れて目立っている事を馬鹿にされるのであった。


 みな、ミナトミュラー準男爵との人脈作りに必死だから、ミスを犯した者を蹴落とす事しか頭にない。


「……あなた。私と息子だけでも今から帰りましょうか?」


 オイテン夫人は夫の名誉の為に気を使って帰ろうとした。


「……いや。私達は正式に招待されているのだ。恥じる事はない」


 オイテン準男爵は、これまで作り上げた人脈が、あまり良いものではなかった事を後悔しつつ、このパーティーでミナトミュラー準男爵と、一言でも、言葉を交わし、息子を紹介できればと思うのであった。


 その後、屋敷内に入ると会場内の豪華さに家族で戸惑い、また、帰った方がいいのではと、妻が怖気づいてしまう場面があったが、夫婦は息子の為だと励まし合った。


 そこへミナトミュラー準男爵本人が、名指しでオイテン準男爵に声を掛けて近寄って来た。


 それからは、オイテンにとって驚きの時間が過ぎた。


 他の貴族達とは一言、二言、言葉を交わしては次の貴族と挨拶をする事を続けていたミナトミュラー準男爵が、自分達には妻や息子にまで声を掛けてくれたのだ。


 かなりの時間を割き、自分達に応対してくれたミナトミュラー準男爵にオイテンは心の底から感謝した。


 これには、他の下級貴族達も驚きであった。


 まさかライバルとしては脱落していると思っていた老下級貴族であるオイテン準男爵が一番ミナトミュラー準男爵と、意気投合して話をしているのだ。


 つまりそれは、オイテンが家族を連れてきている事をあざ笑った自分達が、間違いを犯していたという事である。


 バツの悪さにオイテン準男爵に声を掛けにくくなる一同であった。



 それから、オイテン準男爵の待遇は、がらりと変わった。


 他の人脈を持つ下級貴族達からは、ミナトミュラー準男爵との数少ない交流を持つ貴族として、ミナトミュラー準男爵を紹介して欲しいと相談を受けるようになったし、寄り親であるノーズ伯爵からも引退を促す言葉も無くなった。


 オイテン準男爵は、ミナトミュラー準男爵の好意でこれ程までに変わるものかと驚くのだったが、数少ないミナトミュラー準男爵の友人として、誠実さを持って接する事を心掛け、その後も信用を得る事になるのであった。


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