第325話 悪評の元ですが何か?

 王都の裏社会において『竜星組』の評判はとてもいいものであった。


 何より、今や『闇組織』以来の、王都の裏社会に君臨している最大勢力と言っても過言ではないのだ。


 何より、仁義を重んじ、庶民に対して手を出さない事を徹底していたので、悪名ではなく、その反対である美名が広まっていた。


 だがそんな噂に交じって悪評もしばしば聞かれるようになっていた。


 最初は誰もが『竜星組』に限ってと、悪評を信じなかったのだが、どうやらただの噂ではないらしく、実際に『竜星組』の人間に暴力を振るわれたり、金品を強奪されたり、強請、たかりにあった被害者も出ているそうだと庶民の間でまことしやかに語られ始めていた。


 相手が王都最大の裏組織だから泣き寝入りしている者も多く、当初は表沙汰になる事もなく、『竜星組』の上の方にもそんな話が聞こえて来る事も無かった。


 しかし、最近になってそんな「噂」が一部で広まっているらしいと、リューの元に報告が上がって来た。


「具体的にはどんな噂なのかな?」


 リューも噂の真意を確認するまでは信用する気はなかった。


『竜星組』は上から下まで徹底して厳しく躾けている。


 そうでない者はごく一部で、それらも捕まえて躾けるか、どこか遠くへと旅立ち、別人の様に更正して戻って来るから、どこかがうちの評判を落とす為に悪い噂でも流しているのだろうと高を括っていたのだった。


「うちの縄張り内外で追加のみかじめ料と称して、金品の要求、強請、たかりなどが行われているとか。中には暴行受けたり、女性の中には──」


 マルコからの報告内容に、リューは眉を潜めた。


「たしかにうちは、場所代、用心棒代として、みかじめ料は貰っているけど、追加の取り立てなんてことしていないよね?」


「はい、その辺りはうちの組員達には徹底させています。若には報告していませんでしたが、言う事を聞かない奴はそれなりの制裁はやらせて貰っています」


 マルコはその辺りの下っ端の教育内容まではリューまで報告を上げずにマルコが処理している。


「……うん、その辺は任せるけど。──その噂、どこまで本当なのか確認取れるかな?」


「……それが確認を取ったところ、事実の様でして……。組員達は『うちの名前を語っている余所者ではないか?』という結論で、犯人を捜させているところです」


「まあ、そうなるよね……」


 リューは、マルコの報告を聞いて同じ答えに至るのであったが、どうにも腑に落ちない。


 今や王都では表立って敵対する組織がないほどの大きさになっている『竜星組』である。


 いまさらこんな小細工をする他所の組織があるのだろうかと思うのだ。


「そう言えば、『預かり』の連中はどうしてるのかな?」


 リューはふと、旧『雷蛮会』の古参を中心とした連中の事が頭を過ぎった。


「連中ですか? ……そう言えば、一部報告で羽振りの良い奴らがいるようだという報告が上がってます。──まさか!?」


 マルコが、リューの疑問に答えながら今回の件との関連性に結びついた。


「彼らだという証拠もまだないから、あれだけど、一応確認しておいて」


 リューは、マルコに後を任せると、合間に行っていた学校の宿題をリーンとスード、イバルの三人と一緒に解き始めるのであった。



「おい、大幹部のマルコさんから直々に、王都の事務所に顔を出す様にだとさ!」


「大幹部が会ってくれるのか!? ──どうやら俺達が役に立つ事を理解して貰ったんじゃないか?」


「よし、回収したお金をかき集めろ! 大幹部に上納金として納めて、この機会に俺達が使える人材である事を知らしめようぜ」


「これだけ納めれば事務所のひとつも任してもらえるかもしれん」



 旧『雷蛮会』古参の連中は、これまでの自分達のやり方で集めた大金を、持って『竜星組』組事務所に意気揚々と乗り込んでいった。


 しばらく待った後、奥の部屋に通される。


「お前らに確認しておきたい事がある」


 マルコは、旧『雷蛮会』の幹部クラスの代表五人を前に前置きをした。


「──今日は、大幹部であるマルコさんに会えると聞いて、こういった物をご用意させて貰いやした」


 五人の中でも一番の古参であるらしい男が、他の男達が持って来た革袋をマルコの前に積み上げていく。


「マルコさんの言葉を遮るとはいい度胸だな!」


「まぁ、待て。……なんだこれは?」


 マルコは、大幹部であるマルコの話を遮る行為に部下が怒ろうとしたが、それを右手で制して袋の中身について確認した。


「もちろん、上納金です。──いやー、これだけ集めるのは大変でしたぜ。ですが俺達も前の組織ではそれなりに腕っぷしでのし上がった身。こちらでお世話になる為にも頑張りましたよ」


 代表の男は、自分達の有能ぶりをアピールしようと、自分達の行いを聞いてもいないのにべらべらと話し始めた。


 最近の『竜星組』の悪評通りの行いをこの五人は、誇らしげにマルコに語る。


「まあ、たまには息抜きで、脅した女も頂きましたけど、それはご愛敬で──」


「……もうしゃべるな」


 マルコが、一言、ドスの効いた声音で、制止した。


「!?」


 五人は、びくっとする。


 だが、この連中も悪党である。


 怯える程ではなかった。


「お前らは、うちのシマで『竜星組』を語ってこの大金を集めたわけか……」


「へ、へい? 裏社会のいつものやり方ってやつですよ?」


「さっきしゃべるなと言ったよな?」


 マルコの不穏な声音に不安に感じた代表の男が、言葉を返したが、再度マルコが制止した。


 今度は、五人もマズいと思ったのか口を噤んだ。


「まだ、『竜星組』でもないお前らがうちの看板を名乗る資格はない。ましてやうちのシマを荒らして、うちの若の顔に泥塗る真似しやがって──」


 普段から冷静なマルコらしくなく、怒りにこめかみをぴくぴくさせている。


「ま、待って下さい! 俺達裏社会の人間が、弱い連中を食いものにするのは普通じゃないですか!」


「そうですぜ! 俺達は俺達のルールに則って──」


「黙れ! ……しゃべるなって言葉も理解出来ねぇのか貴様ら。言ったよな? うちの看板に泥を塗ったと。それで言い訳出来るとは、いい度胸だ……。──確認してやるよ、その体内に通っている血が何色かな」


 そこまで言うとマルコは、部下に手で指図する。


 部下は外に待機していた組員を呼び入れて五人を連れ出す。


「なんでだ!? 俺達はやれる事をやっただけだろうが!」


 五人の虚しい言い訳をする口はすぐに塞がれると、どこかに連れ去られるのであった。


「……若に報告を。例の悪評の元は断ちました、とな。──それと、被害者には補償と謝罪をしておけ。なんなら、連中は二度と現れる事はないと報告してもいい」


「はい」


 マルコの助手を務める元執事のシーツは、頷くと部屋を出て行くのであった。


 こうして、『竜星組』の悪評の元はその日のうちに断たれ、日常が取り戻される事になるのであった。

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