第314話 派閥長会議ですが何か?

 モンチャイ伯爵との領境の村で起きていた「小競り合い」は、捕縛した者達の証言やモンチャイ伯爵の武力行使という不穏な証拠が出た為、ランドマーク伯爵は派閥の長であるスゴエラ侯爵にこれらを報告する事にした。


 報告を受けたスゴエラ侯爵はすぐにモンチャイ伯爵が所属する南部派閥の長である侯爵に厳重な抗議を行うと共に、証拠と共に中央に報告すると警告し、派閥長同士での会議を開く事になった。


 その会議で侯爵は、知らぬ存ぜぬと言い訳する一方、自分の派閥の者であるモンチャイ伯爵は武闘派の為、頭に血が上り易く、その為、問題を起こしたのだろうと擁護したが、南部派閥の関りは全面否定した。


 それに対し、捕縛した者達は南部派閥の各貴族領の出身者だったから、その言い訳は通じないとスゴエラ侯爵は再度、追及した。


「モンチャイ伯爵は、南部では血気盛んな者達に評判が良い。きっと各地の腕自慢達が領境の揉め事に悩むモンチャイ伯爵に力を貸す為に、自由意思で参加したのだろう。その者達を受け入れたモンチャイ伯爵にも問題はあるが、先にも申した通り、モンチャイ伯爵は血の気が多い。それでもこれまでは領境の争いを大事にする事はなかった。もしかしたら、ランドマーク伯爵にも何か問題があったのではないかね?挑発したとか、色々と可能性はあると思うが?」


 南部派閥の長である侯爵は口が立つ。


 捕らえられた捕虜達からも証言は取られているのに、それには触れず、ランドマーク家にも問題があるのではと言い出したのであった。


「捕虜になった者達から証言は取れている。モンチャイ伯爵が南部派閥の先兵となり、領境で揉める事で、そこに精鋭部隊を送り込んでいたとな。自分達はその一部だと全て吐いておるぞ?それでも言い訳を続けるかね、侯爵」


 スゴエラ侯爵も冷静である。


 相手のふざけた言葉に影響される事なく、淡々と証拠を基に追い詰めようとする。


「これはこれは、そのどこの馬の骨ともわからない身分の捕虜の言う事を鵜呑みにされるとは、スゴエラ侯爵も人が良すぎますな。我々派閥同士を争わせる謀略だったらどうするのですか?ここは、その可能性を警戒して両者お咎め無しが一番でしょう」


 侯爵はもっともらしい事を言ってその場を収めようとした。


 完全な負け試合を引き分けに持ち込もうとするのだから、憎たらしいものである。


「……なるほど。お認めにならないですか。私も少しは穏便にモンチャイ伯爵の処分だけで収めようと思っていたのですが、南部派閥の長である侯爵がその様な意見では他の証拠も出さなくてはいけませんな……。──証拠を持ってきてくれ」


 スゴエラ侯爵がそう言うと、部屋の外で待機していた子供が手紙の山を持って現れた。


「この手紙の山の内容がわかるかな、侯爵?」


「さぁ、想像もつかないな」


「貴殿が求める身分のある者達による確固たる証言が記された証拠というやつだ。つまり、貴殿の派閥の者達がランドマーク家に宛てた、貴殿とモンチャイ伯爵との企みを告白した内容だ。貴殿の対応次第では、王家にこの山を届けるのも止めようかと思っていたが、残念だ」


 スゴエラ侯爵は、大袈裟に溜息を吐くと首を振った。


 ここで、初めて侯爵の顔色が変わった。


 ランドマーク寄りの貴族が南部派閥にいる事はわかっていた。


 だが、まさか裏切り行為に出るとは思っていなかったのだ。


「……裏切り者の手紙など証拠としても疑わしいものだぞ……!」


 絞り出す様に否定する言葉を侯爵は口にした。


「裏切り者?裏切られる様な事をしたという自覚はあるんですね?」


 手紙を運んできた子供が、そう指摘した。


「何だと……?」


 突然の子供の指摘に驚き、思わず聞き返した。


「この手紙の差出人である貴族の方々は、ランドマーク家への恩があり、それと同時に自派閥の長の言動に不安を感じたので、問題が大きくならない様に忠告してくれたのです。裏切りとは違いますよ」


 子供の正体はリューであった。


 ランドマーク側の現場の証人として、呼ばれたので手紙を持参していたのだ。


「何だこの子供は!──スゴエラ侯爵、使用人が生意気にも私を責める様な言葉を言っていますぞ!こんな失礼な事はない!」


 侯爵は、今度は怒ってみせて、その場の不利を誤魔化そうとした。


「侯爵、演技は不要だ。それに彼は私が呼んだ証人の一人だ。彼は準男爵持ちだからな。使用人扱いは失礼が過ぎますぞ」


 スゴエラ侯爵は、怒る演技を見破ると、鋭い眼光で侯爵の行為を咎めた。


 侯爵は、スゴエラ侯爵の鋭い眼光に圧されてハッとし、一瞬で大人しくなった。


 だが、それでもまだ、引かない様子で、


「この子供が準男爵?なんの冗談ですか。そんな前例、聞いた事がない。それに証人が子供では説得力がないでしょう。ははは!」


 と、一笑に付した。


「……残念ですな。ミナトミュラー準男爵は王都において王家への覚えもよく、これだけの証拠を彼が直接持っていけば、モンチャイ伯爵だけでなく、貴殿の身も危ういと思うのだが?」


「何を馬鹿な事を……。中央からここまでは馬車でも一か月の道程ですぞ?そんなところの地方貴族同士のトラブルに、王家がわざわざ口を出すとお思いか?そもそも、王家から気に入られている貴族がこんなところにいるわけがない」


 相手にするのが馬鹿馬鹿しいとばかりに侯爵は鼻で笑った。


「だ、そうだ。ミナトミュラー準男爵。王都の情報はこちらにはあんまり届かなくてな。こういう反応になるのだ。──仕方ない。その証拠を持って王都に戻って貰えるかな?」


「はい、それでは今すぐに」


 リューは、演技がかったお辞儀をすると、一瞬でその場から消えた。


「な!?」


 侯爵は子供の姿が一瞬で消えた事に驚く。


「彼は、才能豊かでな。王都までも一瞬なのだよ、侯爵。貴殿はランドマーク伯爵家を甘く見過ぎた」


「そ、そんな……。──ま、待ってくれ!モンチャイ伯爵の失態はともかく儂の事は誤解なのだ!」


 侯爵はついに南部派閥の長としての権威をかなぐり捨てて、スゴエラ侯爵に慈悲を求めた。


「……侯爵。私は何度も貴殿に謝罪のチャンスを差し上げたはずだ。あとは王家からの沙汰を待つしかないだろうな」


 スゴエラ侯爵が神妙な面持ちで告げた。


 そこへどうしたのか、リューが戻って来た。


「……すみません。証人も連れて行くのを忘れていました」


 と、少しとぼけた風に言う。


 どうやら、時間をおいて戻る手はずになっていたのだろう。


「小僧!いや……、ミナト何某準男爵!王家への報告は少し待ってくれ!この通りだ!」


 侯爵は、リューにまで土下座する。


 王家に報告されたら自分の爵位も危ういと、ここにきてやっと気づいたのだ。


「困りましたね。どうしましょうか、スゴエラ侯爵」


 リューは、全然困っていない表情でスゴエラ侯爵に確認を取るのであった。

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