第293話 返上しますが何か?

 イバルからマッドサイン子爵について簡単に説明を受けたリューは、忙しい時間を割いて会ってみる事にした。


「初めまして、マッドサイン子爵。ところで今日ここを訪れたご用件とは、なんでしょうか?」


 リューは、マッドサイン子爵がエラインダー公爵のお気に入りという事で、多少警戒はしていた。


「……あなたが、ミナトミュラー準男爵?」


 マッドサイン子爵は、リューが子供である事が意外だったのか、イバルに視線を送って確認した。


「はい。僕がリュー・ミナトミュラーです。イバル君とは、同じ学校という事で、知り合った仲です」


 リューは、簡単にイバルとの関係性を説明した。


「……これは、いきなり想定外で困っております……。きっと同年代の発明家だろうと思っていたので……」


 マッドサイン子爵は見たところ、四十代といったところだろうか?


「それは、ご期待に応えられず、すみません」


 リューは、マッドサイン子爵の戸惑った様子から、何が目的なのかよくわからず、頭に、「?」を浮かべながら答えた。


「あなたが、魔法花火を考えた方で間違いないですかな?」


 マッドサイン子爵は、本題と思われるものを口にした。


 あ、やはり、話はそっちか!


 リューは、当初の想定の質問が来たの少し安心した。


 やはり、技術の要求ということだろう。


「はい。僕が考えて魔法という形にし、それをうちの開発部門で魔石を使って魔道具として商品化しています」


「おお、やはり!──実は私、軍研究所で所長を務めておりました」


「ええ、うちのイバルから聞いています」


 うん?務めておりました?


 過去形になっている事に引っ掛かったリューは、イバルに視線を送る。


 視線を送って来たリューに対してイバルは、首を振る。


「実はその軍研究所を辞職しましてな。同じ発明や研究に熱心と思われる、自分と同じタイプではと思っていたミナトミュラー準男爵の元で一緒に働けないかと思ったのですが……」


 マッドサイン子爵は、どうやら魔法花火を考えたリューと、意気投合出来ると思って頼ってきたようだった。


 え?


 技術の提供を求められると思っていたリューは、別の方向に話が向かっている事に肩透かしにあった状態になった。


「それはどういう……?」


「ミナトミュラー準男爵の元で働かせて貰えないだろうか!」


 マッドサイン子爵は、勇気を振り絞って目の前の年端もゆかぬ少年貴族に頭を下げた。


 やっぱり、そういう事なの!?


 リューは驚いて、リーンや、イバルに助けを求める視線を送った。


 リーンは、肩を竦め、イバルは驚きで目を大きくしている。


「えっと……、マッドサイン子爵、あなたは僕より地位も年齢も実績も遥かに上の方です。準男爵の僕が、子爵であるマッドサイン子爵を部下として雇うには流石に問題があるかと……」


 リューの言う事はもっともだ。


 子爵であるマッドサインを部下にするには、地位が絶対である貴族社会において問題が多すぎた。


 軍研究所で所長を務めていたという実績は大きく、喉から手が出るほど欲しい人材ではあるが、リスクも大きいだろう。


「研究成果から宮廷貴族として子爵の地位を貰っているが、元々は平民上がりでしかないから、部下として働くのに抵抗はないぞ!」


「いえ、そういう問題ではなく、貴族としての──」


「それならば、この地位を返上すればよいのですな!」


 マッドサイン子爵は、とんでもない事を口走った。


「え?ちょっと、待って下さい……。返上って子爵位ですよ!?」


「問題ない。ミナトミュラー準男爵の元で研究が続けられるのならば、今の地位は必要ない。──いや、貴族である事に辟易していたので丁度いいくらいだ」


 マッドサイン子爵は、目から鱗が落ちたとでもいう様に、ひとりで納得すると立ち上がって続けた。


「それでは今から、子爵位を返上してきますので、これからよろしく頼みますぞ!」


「ちょ、ちょっと待って下さい!本当にいいのですか!?」


 リューは、暴走気味のマッドサイン子爵を引き止めるのに必死になった。


「いやはや、やはり、魔法花火を考えた御仁だな。一緒に少し話すだけで、得るものが多い。それでは、数日後、改めて参りますのでその時はよろしくお願いしますぞ!」


 マッドサイン子爵はひとりリューを過大評価して納得すると、屋敷を後にするのであった。


 全く人の話を聞かない人だ!


 リューは、愕然とするのであったが、


「マッドサイン子爵は、昔から暴走気味の人だったからなぁ。こうなると止められないから諦めた方が良いぞ?」


 と、イバルが助言した。


「……これって、大丈夫なのかな?」


 子爵位を返上して準男爵の元に仕えるなど前代未聞である。


 心配せずにはいられなかった。


「本人が決めた事だから仕方ないんじゃない?でも、雇うかどうかはリュー次第よ?」


 リーンが、淡々と助言する。


「……これで雇わなかったら僕が酷い人になるじゃん……。まぁ、凄い人物なんでしょ?ちょっとネジが外れてる感じがあるけど、優秀な人材は大歓迎だし、今は人手不足で大変だから働いて貰おうか」


「研究者として優秀なのは保証するよ。俺が学園でリューに使った、魔石を装填して魔法を放つ『魔法筒』を発明したのはマッドサイン子爵だしな」


 イバルはマッドサイン子爵を評価した。


「ああ!あれ、あの人が考えたんだ?──これは本当に優秀な人がうちに来てくれるね」


 イバルの思わぬ情報にリューは喜ぶのであった。


 こうして、ミナトミュラー商会の研究部門の部長に後日、マッドサインが任命され、これからリューの無茶な発想を彼が形にして行く事になるのであるが、それはまた少し後の話である。

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