第294話 計画通りですが何か?

 新年になってからも王都内での謎の酒造銘柄、『ドラスタ』は、酒好きの間で人気を博していた。


 正規の酒造メーカーであり、王都で絶大な力を持っていたボッチーノ侯爵のボッチーノ酒造商会は、このドラスタに対抗するべく、ドラスタと同じ価格近くまで引き下げたり、営業を小さい業者にまでかけるなど、あの手この手で商会のお酒を売ろうと必死になっていた。


 これはきっと、ボッチーノ侯爵にとっては初めての努力だったかもしれない。


 だが、品質、価格等全てにおいて、ドラスタに勝てる部分がないボッチーノ酒造商会に勝算はなかった。


 その為、以前から画策していた取り締まりの強化を、警備隊や騎士団に届け出ていたが、これも実は上手くいっていなかった。


 なにしろその警備隊や騎士団がドラスタについて調べると良い噂しか流れてこないのだ。


 お客からはドラスタの良い評判ばかりで、逆に正規の飲みなれていて愛着があるはずの酒造メーカー、ボッチーノの悪口の方が圧倒的に多い。


「なんだいあんたら。もしかして『ドラスタ』を取り締まる気でいるのかい?」


「馬鹿を言っちゃいけねぇ。ドラスタは我々庶民の味方だよ?」


「そうだ、そうだ! 高いばかりで、味も品質も大した事がない正規のボッチーノよりも、密造酒のドラスタの方が断然いいぞ! あ、ミナトミュラー商会の『ニホン酒』は美味いけどな」


 調査をすればするだけ、この調子である。


 いくらボッチーノ侯爵以下、酒造ギルドの強い圧力でも、これだけ支持を得ているお酒を取り締まるとなると、自分達へのリスクも高い。


 消費者は一度美味しいものを知ると、そちらを選ぶのは当然の摂理である。


 ましてや、価格も安いのだ。


 誰が、高くて味も大した事がないお酒を、好んで飲む必要があるだろうか?


 警備隊、騎士団共に、そんな支持が厚いものを取り締まるのには限界がある。


 強引に取り締まって、反感を買い、暴動でも起きたらそれこそ取り締まりの意味がない。


 もちろん、密造酒でありながら、大量に生産していると思われるので、その点は、取り締まりの余地はあるのだが、ここまで消費者に浸透しているとなると厄介であった。


 それに、ここだけの話、警備隊、騎士団の面々も実は『ドラスタ』の消費者が多かった。


「どうしますか隊長? うちで取り締まると後で問題になるのは確実ですから、理由をつけて騎士団に任せた方がよくないですか?」


「……そうだな。警備隊レベルでは対応できる問題ではないという事にしておくか……」


 こうして問題を警備隊の上司にあたる、騎士団に押し付ける事にした警備隊であったが、騎士団も考える事は同じであった。


 騎士団にもドラスタの消費者は多数いて、同じ様な話になっていた。


「これをうちで取り締まったら騎士団の名誉は一気にガタ落ちになりますよ?」


「……ここは警備隊に泥を被って貰うか……」


 問題の押し付け合いが、警備隊と騎士団で行われている中、ドラスタ=庶民の味方というイメージがついて行き、なおさら取り締まりが難しくなっていった。


 そこにリューは、畳みかける。


 勝負とばかりに高品質の銘柄を出す事にしたのだ。


 ドラスタによる高級酒は、すぐに注目を集めた。


 貴族にもドラスタの美味しさに気づき、ボッチーノから、乗り換える者も多かったのだが、庶民向けのお酒であったので、隠れて飲む者も多かったのだ。


 だが、そのドラスタが高級酒を出すのである。


 飲まないわけがない。


 もちろん、このドラスタの高級酒はすぐに人気に火が付いた。


 元々、密造酒ではあるが、実績のある銘柄である。


 だれも疑う事なく大金を払って飲んで満足する。


「これを飲んだらボッチーノの出している高級酒は、酒じゃないな……!」


「今まで飲んでいた酒は何だったのだ……!」


「これこそ、酒だ! なぜこれほどの酒が、今まで密造酒として販売されているのだ?」


 貴族達からは疑問の声が上がり始めた。


 ボッチーノ侯爵の手前、表立って言えるものではないが、確実に貴族の間でもその意見は広まりつつあった。


 そこに、狙いすました様にミナトミュラー商会の三等級の『ニホン酒』の問題が噂になった。


 ミナトミュラー商会の『ニホン酒』という新酒は、すでに王家でも評判になっており、絶賛されていたのだ。


 そんな王家が絶賛するお酒が三等級扱いというのは、まずいのではないかという雰囲気が王宮では漂い始めていた。


 『ドラスタ』に『ニホン酒』、正規の酒造ギルドはこの二つの扱いについて、ギルドとして機能していないのではないかという疑問が投げかけられるのだが、酒造ギルドはこの事について沈黙を通していた。


 反論すればぼろが出る。


 沈黙は金である。


 だが、その沈黙を破らなければいけない事態に酒造ギルドは陥った。


『ニホン酒』を絶賛した国王が、


「この品質で三等級扱いは、不釣り合いではないか?」


 と、王宮会議の中で口にしたのだ。


 同席していたボッチーノは、血の気が引いた。


 国王直々の指摘である。


「恐れながら陛下。その『ニホン酒』の製造元であるミナトミュラー商会はまだ、出来たばかりで、安定して製造を続ける体制が出来ておりませんから、安定したら二等級に──」


「なんと? あの美味さで二等級なのか? ……ふむ。そなたのところの酒造ギルドの仕組みは複雑だのう」


 国王は、ミナトミュラーの肩を持つわけでもない言い方で疑問を呈すのであったが、ボッチーノは心穏やかではない、国王からの酒造ギルドの印象が悪くなると思ったのだ。


「陛下、申し訳ありません。私が記憶違いしておりました。ミナトミュラー商会には、安定し次第、一等級に上げる予定でした! ははは、歳を取ると記憶がはっきりしなくなることがあって困りますな!」


 ボッチーノはそう言い逃れをした。


「そうか。ならば、ミナトミュラー商会をすぐにでも一等級に格上げしてやるとよい。あの『ニホン酒』が、少量しか製造できないとあっては、儂も困るからなぁ」


「!」


 ボッチーノは、どう答えるべきか脳内で計算する。


 ミナトミュラー商会は、こちらの調べでは大した製造規模の施設を持っていない。一等級を与えても、今の代で我々を脅かすほどの規模にはなりえないだろう。今は、謎の密造酒銘柄『ドラスタ』以外は脅威にはなるまい。


 そこまで一瞬で判断すると、


「左様ですな。陛下の言う通り、ミナトミュラー商会には異例ですが、私の判断で一等級に格上げして『ニホン酒』とやらを沢山作らせましょう!」


 と、ボッチーノは恩着せがましく答えるのであった。



「よし!王家に『ニホン酒』を継続的に献上しておいて良かった!狙い通りだよ!」


 執務室で、リューは執事のマーセナルから渡された酒造ギルドより届いた一等級の証明書を確認して大喜びした。


 そして続ける。


「これで、酒造ギルドに堂々と止めを刺せるよ」


 リューは、リーンにニヤリと笑って告げるのであった。

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