第288話 本領の心配ですが何か?
休みが終わり新学期を迎える前日、ランドマーク本領では、領地の移譲が滞りなく終了した。
元々スゴエラ侯爵の与力の土地を、ランドマーク領に変更したので、揉める事は一切なかったのだ。
スゴエラ侯爵配下である与力が不満を漏らしてもいいところではあるが、元々が魔境の森に接した土地で危険と隣り合わせだったものが、移転先の土地は、元王都直轄の豊かな土地であったから、逆に与力達は喜んで元々の友人でもあるランドマーク伯爵への移譲を快く受けたのであった。
この辺りは、父ファーザの人柄も大いにあるだろう。
そして、移転する与力から直接、忠告を受けた。
それは、土地の移譲で境を一部接する事になる隣領のモンチャイ伯爵についてである。
「ランドマーク伯爵にこの土地の移譲が決まってから急に、時折起きていた領境の村同士の小さい争いに口を出し始めてきた。昨日などは、領兵の一部を出して、こちらの村人に威嚇する始末であった。あちらが何を考えているのかわからん。私は転封の身だから今回の事をスゴエラ侯爵様に報告する事無く新天地に移るが、ランドマーク伯爵はこれからその問題に当たらないといけないからな気を付けてくれ」
元々、与力時代の仲間である父ファーザを、心配してくれての忠告であった。
「モンチャイ伯爵は、確か南部の侯爵派閥だったか?」
「そうだ。今までは領境の村同士と言えば、よくある小さな諍いだから、上が動く事もなく放置されていたのだが、わざわざ今回、口を出して話を大きくした気がする。モンチャイ伯爵は、南部派閥でも武闘派だから直接的なトラブルは避け、話し合いで解決した方がいいが、あっちは最初からやる気満々の様だ」
父ファーザは、その忠告を受けて、すぐに領境の村に人を派遣し、事実確認を行う事にした。
ランドマーク家は南部派閥の貴族とも最近は誼を通じているところは多い。
多くは金策に困って泣きついて来た事がきっかけになって、領内の立て直しのアドバイスなどをしていたところから、感謝されたりして距離を縮めていたのだが、その貴族達からは今回の事では何も言われていない。
普段なら噂話程度に、誰かが手紙を寄越してくれるのだが……。
父ファーザは、何やら嫌な感じを受けながら、領境の確認に出した者の持ち帰る情報を待つ事にするのであった。
リューは、休みの最終日であるこの日、ランドマーク本領の加増地の確認をしたいと思って『次元回廊』を使って訪れていた。
父ファーザは一足先に加増地に赴いて元与力仲間とあっているはずだ。
「リューにリーン。休みは確か今日までだったよね?」
兄タウロが、リューとリーンに気づいて声を掛けてきた。
「タウロお兄ちゃん、ジーロお兄ちゃんとシーマは、もしかして学校に戻ったの?」
朝に運搬の為に来た時は、まだいたのだ。
「あの後、出発したよ。二人ともこの時間来るなんて珍しいね」
兄タウロが、いつも忙しくしているリューを労う様に言った。
「今日は領地の譲渡日だからちょっと気になったからねお父さんとセバスチャンが行ってるんだよね?」
「うん、だから僕が、お留守番さ。──うん?」
二人が話していると、ランドマークの城館にやってくる馬車があった。
「お客さんかな?今日はその予定はなかったと思うのだけど……」
タウロが首を傾げていると、訪れた馬車から現れたのは、借金まみれのあまりランドマーク家にお金の無心を頼みに来て領地改革をやって貰ったマミーレ子爵の執事であった。
「ああ、執事さんお久し振りです。──お兄ちゃん、この人はマミーレ子爵のところの執事さんだよ」
リューは、懐かしい執事に挨拶すると兄タウロに紹介した。
「おお!これはリュー殿。お久し振りです。その節はお世話になりました……。ご嫡男のタウロ様は初めまして……。──ところで、ランドマーク伯爵様は、おられますでしょうか? 主より、手紙を預かってきております」
執事は、恩人であるリューに挨拶すると兄であるタウロに手紙を渡した。
「父は今、留守にしていますので、嫡男の僕が拝見します」
兄タウロはそう答えると封されている手紙を開けた。
「……これは……。この話は真でしょうか?」
兄タウロは手紙を読むと険しい表情になって執事に質問した。
「我が主も聞いた話になるので事実かは掴めておりません。ただ、南部の貴族派閥の間ではまことしやかに語られています。主は最近、派閥の長である侯爵とは距離を取っておられましたので、正確な情報を掴めていないのです」
執事は兄タウロにそう答えた。
リューは、二人の真剣なやり取りから何やら重大な情報の様だと察した。
兄タウロは、リューの視線に気づくと手紙を渡してきた。
受け取ったリューは早速手紙に目を通すと、驚いた。
その内容は、領境を接する事になるモンチャイ伯爵がランドマーク家に仕掛けて痛い目に遭わせ、その家名に泥を塗る算段を計っているらしいから気を付けて下さいと綴られていたのだ。
「これは、モンチャイ伯爵という人物の単独ではないという事でしょうか?」
リューが不穏な情報を確認した。
「ランドマーク伯爵家は、今や単独でも勢いがある上級貴族です。南部派閥の中でもランドマーク伯爵家にはお世話になっている貴族も少なくありません。そんなランドマーク家が領境を接する事に危機感を持ったモンチャイ伯爵家とその派閥の長である侯爵家、そしてそれを支持する貴族達が水面下で動いていると思われます」
執事は憶測の域を超えないがとしつつも、教えてくれた。
うちが西部の『聖銀狼会』と揉めるタイミングでこれは、間が悪いなぁ。
リューは、珍しく渋い表情を浮かべた。
数日前にミゲル達を引き上げさせたばかりだが、また、こちらに兵隊を送らなければならないだろう。
なにしろ本家であるランドマーク家あってのミナトミュラー家である。
こちらが揉め事に遭いそうならこちらを優先させないといけない。
こちらも相手が相手だけに兵隊の数は必要であったが、仕方がない。
「お兄ちゃん、万が一に備えて、うちからも部下を出しておくよ」
リューは、兄タウロにそう提案した。
「でもいいのかい? リューのところも忙しいんじゃないの?」
兄タウロは、リューのところの竜星組が、今、大変な時期である事を知らないが、何となく察して聞き返すのであった。
「忙しいからあんまり人数は送れないかもしれないけど、必要な数を送るよ」
リューは、そう答えると、頭の中で計算を始めるのであった。
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