第266話 仕事の邪魔ですが何か?

 学校のない休日の昼。


 リューはいつも通り、マイスタの街長邸の執務室で書類に目を通していた。


 ここ最近、マイスタの街の郊外に工場を立て続けに建てたり、その稼働や運営、人材の確保などやる事が多く、その書類作成に追われていたのだ。


 リューが、サインをした書類を使用人に渡し、その書類を持った者は急いで執務室を後にする。


 そんな光景が続いていた。


 リーンは傍で目を閉じて静かに椅子に座っている。


 コンコン


「失礼します、若様」


 そこへ執事のマーセナルが扉をノックして入って来た。


「若様、お忙しいところすみません。面会を求めるお客様が来ております」


「お客?」


 予定にはないはずだ。


 執事のマーセナルには、予約のない客は帰って貰う様に普段は言いつけているので、取り次ぎに来るという事は……。


 リューは、マーセナルの言葉を待った。


「モブーノ子爵を名乗る一団です」


 モブーノ子爵とは、この国の王子であるオウへ第二王子の側近だ。


 だが、それだけで執事マーセナルが取り次ぐだろうか?それに一団というのがまた、気になる言い方だ。


 モブーノ子爵個人だけなら、まだ、適当にあしらって返すところだが、誰かを連れて来ているというのが、胡散臭い。


 これは面倒事を運んできたと判断したリューは、決断した。


「予約のない人は、誰も会えないと追い返して」


「承知しました」


 マーセナルは、リューの判断に従うと退室する。


 触らぬ神に祟りなしだ。


 そもそも相手がモブーノ子爵の時点で関わりたくない。


 きっとオウへ王子辺りから何か無理難題の注文や命令、お願いを携えてきているのだろう。


 一度聞けば、相手は王子だ、断りづらい。


 ならば、最初から聞かなければいい。


 もし、後日改めて面会の予約を取って来たとしも日程が合わないと断ろう。


 リューは仕事の手を一時止めて、そこまで考えを巡らすとまた、仕事に戻ろうとした。


 そこへ玄関先で、揉めていると思われる喧騒が伝わって来た。


「リーン?」


 傍で静かにしていたリーンの耳の良さをあてにして、何が起きてるのか確認した。


「面会を求めていたモブーノ子爵の一団が、リューに会わせろと騒いでいるみたい」


 リーンは、耳をぴくぴくと軽く動かして、玄関先で起きている事をリューに伝える。


「うーん、素直に帰らないか……」


 溜息を漏らすリュー。


「私が、追い返してくるわね」


 リーンが立ち上がって、リューの代わりを務めようと執務室を出て行こうとする。


「いや、いい。僕が行くよ」


 リューは、ペンを置くと立ち上がり、喧騒の起きている玄関先に向かうのであった。




「えーい!話にならぬ!ミナトミュラーを出さぬか!」


 リューが玄関先に到着すると、そこには興奮気味にフードを深く被った人物がモブーノ子爵に止められているという不思議な光景であった。


 てっきり騒いでいるのはモブーノ子爵だと思っていたのだ。


「何事ですか!?」


 リューが、玄関先で騒ぐ一団を叱責する。


 すると騒ぐモブーノ子爵の一団と、それを止める執事のマーセナル以下使用人達はピタッと静かになった。


「ミナトミュラー!準男爵如きの身分で我の面会を断るとはいい度胸ではないか!」


 フードを被った男が、リューに威圧的に告げる。


「……誰?」


 リューは、態度の大きいフードを目深に被った男(声でそう判断した)に聞き返した。


 するとフードの男は勿体ぶってその目深に被ったフードを外した。


 そこに姿を現したのは、仮面を付けた人物だったが、それではリューも全く分からない。


 もう一度、


「誰?」


 と、聞き返した。


「ええい!お忍びで会いに来た貴様の将来の主だ!なぜ気づかない!?──今、謝罪すれば許してやらん事もないぞ?」


 仮面の男はそう言うと、その仮面も外して姿を現した。


 その男とは、オウヘ王子その人であった。


 その姿を確認して、リューは内心大きな溜息を吐いた。


 これはとんでもなく大きなトラブルだ。


 一番、会ってはいけない相手が目の前にいるのだから最悪であった。


「……お忍びという事は、ここにオウヘ王子は公式的にいないという事ですね?いない者に失礼を働きようがないですから、謝罪する道理がありません。ましてや面会には事前の予約は必須であり、その礼を欠いた者を相手にする必要性も感じません」


 リューは、なんという事か、お忍びのオウヘ王子への謝罪を拒否したのであった。


 これには、側近のモブーノ子爵の方が、怒り心頭になり、剣を抜いた。


「貴様!オウヘ王子に対するその態度許せん!ここに首を置け、私がその首を斬り落としてくれるわ!」


 これには、屋敷の使用人達全員が殺気立った。


 メイドのアーサも剣を抜いたモブーノ子爵を敵と判断したのか、音も無く近づいていくのを、リューが気が付いた。


「アーサ、待って!殺しちゃ駄目!」


 とっさにリューはメイドのアーサに声を掛ける。


「私を殺す、だと!?メイド一人に何が出来る!」


 モブーノ子爵はそう息巻くと近づいて来たアーサに剣を向けた瞬間であった。


 アーサの手が動いたと思ったら、モブーノ子爵は空中を舞い、地面に倒れていた。


 そして、モブーノ子爵が握っていた剣は空中を回転して、倒れたモブーノ子爵の顔の真横に紙一重で突き立つ。


「ひっ!」


 モブーノ子爵は思わず悲鳴を上げた。


「……モブーノ子爵、人の屋敷に予約もなく押し掛けたばかりか、剣を抜き、力を行使しようとした事、反省して貰えますか?」


 リューもこうなったら、強気に出るしかない。


 オウヘ王子は、公式の訪問でもないし、いないと思って扱うしかない。


 今は、この目の前のモブーノ子爵の問題から片付ける事にしたリューであった。

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