第267話 継承権ですが何か?

「モブーノ子爵、今、あなたはまずい立場にいらっしゃいます。他所の貴族家に予約無しに押し掛け、剣を抜き、家人を斬ろうとまでしたのです。これは、その場で手打ちにされてもおかしくない所業です」


「それは、貴様が王子に対して失礼を──」


 モブーノ子爵は、アーサに取り押さえられたまま、言い返そうとしたが、それを遮るようにリューは言葉を続けた。


「王子はこの場におられない。そうでしたよね?ここに居ない王子に僕が失礼を働きようがなく、あなたは自分の名で礼を失して押し掛けた。そんな事をしておいて王子の名を騙るとどうなるかわかりますよね?オウヘ王子の名を汚すばかりか、自分の名も汚す事になります。──謝罪をお願いできますか?」


「──!……す、すまなかった……」


「アーサ、客人を解放してあげて」


 リューはそう言うと、立ち上がったモブーノ子爵の脇で床に刺さっていた剣を抜き、モブーノ子爵に手渡しで返した。


「それでは、改めてモブーノ子爵、今日訪れたご用件とやらをお聞かせ願いますか」


 リューは皮肉も込めて、そう質問した。


 その間、オウヘ王子は、その場の雰囲気に飲まれて何も言えずにいる。


 何しろリューの屋敷内の使用人達は、みんな腕の立つ者達ばかりで、オウヘ王子達に対しての殺気も収まっていない。


 こうした殺伐とした雰囲気にオウヘ王子が怖気づくのも仕方がなかった。


「きょ、今日は準男爵へ昇爵した理由が、あの魔法花火の制作者だからと知ったオウヘ王子が、誰よりも早くミナトミュラー準男爵に礼を尽くして我が陣営に招き入れようと判断されたから、訪れたのだ。──どうだ、ミナトミュラー準男爵。オウヘ王子の部下になれ。そうすれば、貴様の将来は安泰だぞ?主家のランドマーク家にはこちらから何とでも理由を付けて説得しておいてやる。あとは、貴様がうんと言えば良いのだ」


 モブーノ子爵はオウヘ王子の部下になる事を勧めて来た。


「何度誘われましても、僕はランドマーク伯爵家の与力です。主家を蔑ろにして直接、こちらにこられても困ります。それに今の身分があるのも現在の国王陛下がおられてこそ。主家のランドマーク家同様、ミナトミュラー家は国王陛下へ忠誠を誓っております」


 リューは恭しく答えた。


「そ、その次の国王には我がなるのだから一緒であろう!」


 やっと殺気に満ちたこの雰囲気に少し慣れて来たのかオウヘ王子が口を開いた。


「それは違います。現在のこの国の頂点は国王陛下であり、僕の忠誠は国王陛下の元にあります。そこは揺らぎません。誰かが次代の国王になった時、その時改めて忠誠を誓う事になるとは思いますが、現在の国王陛下への忠誠が第一です」


 リューはきっぱりとオウヘ王子の言葉を否定した。


 この王子は王家の力=自分の力と勘違いしているところがある。


 確かに風の噂では、次代の国王候補として、凡庸な第一王子よりもオウヘ第二王子が優位に立っていると聞いた事はある。


 だが、その噂も実際のオウヘ王子を目の前にすると疑わしいものだ。


 誰が教育係だったのか知らないが、かなり歪んで権力について学んでしまったようだ。


 オウヘ王子がこの国の次代の王になったら、国内は怨嗟の声で充満しそうな気しかしない。


「オウヘ王子のお言葉を否定するとは、貴様、わかっているのか!?」


 モブーノ子爵が、オウヘ王子を擁護する為に口を挟んだ。


「……今日はモブーノ子爵が礼を失して訪れた。これは、謝罪してお認めになったはず。そんな場にオウヘ王子はおられない。おられようはずがない。それもいいですよね?──ましてや、国王陛下がご健在なのに、次の国王の話を持ち出す事などあってはならない事かと思います。今日の事は見なかった事にしておきますのでお帰り下さい」


 リューは、そう言うと、玄関を差し示した。


 オウヘ王子は、何やらまた言い返そうとしたが、流石にこれ以上しゃべると父である国王の耳に入ると思ったのか口を噤んだ。


 モブーノ子爵もそれを見て、自分がまた言い返すのも不味いと判断したのか、ここにはいないはずのオウヘ王子を伴って屋敷を後にするのであった。



「何がしたかったの、あの王子」


 リーンが、王子一行を見送ると、そう口にした。


「ははは。昔の故事に従って礼を尽くして配下に召し抱えるというのを真似したかったのかもね」


「それであの礼儀知らずな態度なの?」


「大事な部分が抜けているのは、王家という特殊な立ち位置と、どんな教育を受けて来たかだろうね。エリザベス第三王女は、しっかりした方だし、学んだものの差だと思いたいよ」


 リューは苦笑して答えるとそこに、メイドのアーサがやってきて、玄関先に塩を撒く。


「そうだ、マーセナル。この事は、宰相閣下に手紙で状況を知らせておいて」


「よろしいのですか?先程は……」


「ああ、見なかった事にしておくとは言ったけど、聞かなかったとは言ってないからね。僕は聞いた事は知らせておこうかなと」


 リューはいたずらっぽく笑うと、執務室に戻っていくのであった。




「陛下、ミナトミュラー準男爵から私の元に手紙が届いていたのですが……」


「そうなのか宰相?なんだ、昇爵の感謝の手紙は儂も貰ったが違う要件か?」


 宰相は、国王の執務室で、言いづらそうにすると、届いた手紙を差し出した。


「何々……。──オウヘの奴、儂が注意しておいたにも拘らずまたも、ミナトミュラー準男爵にちょっかいを出したのか!──度重なるオウヘの言動には困っておったが、周囲の者達が庇うから、落ち着くまでと思っておったが……」


「……どうなさいましょうか?」


「……オウヘのこれ以上の言動を見過ごすわけにはいくまい。注意して直らぬのだ。あやつは日頃から何かと言動については悪い報告を度々受けている。──そうだな、オウヘの奴は王位継承権についてかなり拘っている様子。ならば王位継承順位を下げて己の過ちを気づかせるほかあるまい」


「よ、よろしいのですか!?」


 宰相が動揺するのも仕方がない。


 王位継承権とはそれほどまでに国内における影響が大きいのだ。


 ましてや、オウヘ王子を推しているのはエラインダー公爵一派である。


 それをわかっていてオウヘ王子の王位継承権順位を下げる事は、大きな摩擦を生む事が容易に想像できる。


「……仕方あるまい。それに親として、一国の王として、この国の未来の為にも息子の過ちは正して、少しでも良い方に導くしかないだろう」


 こうして、リューの報告から、オウヘ王子の王位継承順位は下がり、宮廷内では大きな騒ぎになるのであった。


 報告したリューはいつも通り国王からオウヘ王子にお灸をすえて貰うつもりくらいに考えていたので、流石にそこまでは想像しておらず、数日後の公式発表を耳にして驚くのであった。

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