第261話 流行りのお酒ですが何か?

 最近の王都では、静かに流行し始めている事があった。


 その中心は夜の飲み屋通りである。


「マスター、ドラスタは置いてるかい?」


 酒を飲みに来た男は、カウンターに座ると第一声で、そう言い放った。


「うちが扱ってる酒の銘柄は、酒造ギルド公認のボッチーノを中心としたものばかりだよ。ドラスタは最近出回っている密造酒だろ?置いてないよ」


 ボッチーノはこれまで長く王都で飲まれてきた酒造ギルド公認の酒造商会の銘柄だ。


 色々な種類のお酒が出ているが、全体的に味はぼちぼち、値段は高めであったが、ギルド公認のお酒の中ではそれが普通だと思われていた。


 そう、ドラスタという銘柄の密造酒が出回るまでは。


「おいおい。これまで飲んで来た酒造ギルド公認の酒と比べたら、ドラスタは確かに密造酒だが、値段は手頃なのに、香りや味は最高。それと比べたらボッチーノの酒はドブ水に感じちまうぜ?」


「馬鹿を言っちゃいけない。ギルド公認の酒は値段もずっと安定しているし、何より歴史がある。だから、扱う店も信用が持てるし、客にとっては変わらない味が何よりなのさ。密造酒というのは、味は安定しないし、ちょっと売れると値段を引き上げるし、信用がおけない。そんなもの、うちの様な王都で長い歴史を持つ酒場では置けないさ」


 酒場のマスターは、最もな事を語った。


 そう、密造酒は所詮、小規模で作られているので、出来た時期で味がまちまちで安定しない。


 信用第一のお店側にとって、そんなものを扱うのは、場末のすぐに無くなるような店だけだ。


「マスター。あんた、ドラスタの酒、まだ飲んだ事ないな?あそこの銘柄は一等級の高級果実酒から、三等級のウイスキー、エールに至るまで揃っている、ただの密造酒じゃないぜ?俺は普段、酔えればいいから三等級のお酒ばかり飲んでいたが、ドラスタの酒を飲んで考え方が変わったね。金を出すなら良い酒に出すってな!」


「大きく出たな。そんな都合のいい密造酒は、量が出たらすぐ味が落ちて消えていくものさ。長年、酒場のマスターをやっている儂が言うのだから間違いない。最後はボッチーノの様な酒造ギルド公認の酒に客は戻ってくるのさ」


 マスターは確信を持って答えた。


 長年王都で経営して来たマスターの言葉だ説得力が違う。


「よし、じゃあ、俺が他の店でドラスタの酒を買って来てマスターに飲ませてやるよ。どうせ、業者が勧めても門前払いして味見もしてないんだろ?じゃなきゃ、そんな台詞は出てこない」


 お客の男はそう答えると、すぐに店を後にする。


 だがすぐに、お酒の瓶をいくつか持って戻って来た。


 本当に他所でドラスタのお酒をいくつか買ってきたようだ。


 そのお酒を見てマスターは驚いた。


 まず、その酒瓶の出来から違うのだ。


「こ、これは!?密造酒に多い粗悪品の瓶じゃないだと!?」


「瓶は、卸業者が回収するみたいだが、良い出来だろ?この瓶を眺めながらでも酒が進むってもんさ!」


 客の男は、酒の入った瓶をマスターの前に並べる。


「こっちから一等級の高級果物酒、二等級、三等級の酒だ。一等級はもちろんだが、三等級の酒瓶も中々出来が良いだろ?これで味が良いんだから最高だぜ?」


 客は自分が作ったかのように自慢する。


「……確かに、この瓶は酒造ギルド公認のものよりも立派に見えるな……。いや、だが、酒は味が一番だ!」


 マスターは酒瓶だけで降参しそうな勢いであったが、すぐに持ち直した。


「じゃあ、全種類味わってみな。飲んだらボッチーノには戻れないから」


 客の男は、マスターにグラスを用意させると、一つ一つドラスタのお酒を注いでいく。


 マスターは手にしたグラスを顔に近づけるとまずは香りを確認する。


 そして、目を見開く。


 何も語らないなが、驚いているのは確かだ。


 そして、中身を確認する様にちびちびと飲み始めた。


「う、うまい……!」


 マスターはそう口にすると、残りのお酒も確認した。


「そんな馬鹿な!?これだけの種類を密造酒商会規模で作るのも大変なのに全て安定して美味しい……だと?いや、美味しすぎる……!今まで飲んでいた酒造ギルド公認の酒は一体なんだったのだ!?」


 マスターは、長年沢山の種類のお酒を飲んでいただけに、今までの概念を完全に吹き飛ばすこのドラスタという密造酒銘柄に頭を真っ白にされるのであった。


 呆然自失の中、正気に戻ると、肝心の価格を聞いた。


 聞けば公認のボッチーノの銘柄より、全て安めに設定してある。


 これならボッチーノのお酒と価格を同じにして客に出し、店側の利益を優先しても心が痛まないレベルの美味さである。


 確かにこのお客の言う通り、これまで自信を持って客に提供して来たボッチーノを始めとしたギルド公認の銘柄の味はドラスタのお酒と比べたらドブ水同然だ。


 酒瓶の品質から香り、味に至るまで、このドラスタに勝てる要素が何一つない。


「……あんた。ただの客じゃないな?」


 マスターはふと、何かに気づいた様に客の男に声を掛けた。


「何の事だい?だが、これでわかっただろマスター。美味しい酒を提供しての老舗店だぜ?」


 客の男はニヤリと笑うと、ドラスタのお酒をグラスに注ぐとそれを一気に飲み干す。


「……いつから納品できる?できればうちの客に、早くこの酒を飲ませたいんだが?」


「毎度あり。竜星組ドラスタ側からすでに商品は預かっているから、二時間以内に入れ替え作業までやっていいぜ?」


 お客の男、もといノストラをボスとする『闇商会』の卸業者は、マスターの気持ちが変わらないうちにと、外に待機していた手下達にお酒を運び込ませ、店内に並ぶボッチーノのお酒との入れ替え作業を始めるのであった。




「王都の飲み屋通りで大きい老舗で有名な酒場、分かりますか?あの酒場がうちのお酒を仕入れる事にしたようです。先程、『闇商会』の営業担当が、自慢げに報告してきましたよ」


 竜星組を取り仕切っているマルコが、助手の元執事のシーツからの報告書に目を通しながらリューに知らせた。


「ああ!あのお店か!確か、酒造ギルド公認のお酒しか扱わないこだわりを持ったお店だよね?良く説得できたなぁ」


 執務室で作業していたリューはマルコの報告を聞いて驚いた。


「それも、全品入れ替えだそうです」


「そうなの?完全にうちの商品を気に入ってくれたんだね?あそこがうちに鞍替えしてくれたのは大きいよ。酒造部門のみんなにも知らせて上げて、これからどんどん酒造ギルドのお酒は駆逐していくよって」


 リューは不敵な笑みを浮かべると、マルコに伝えた。


「わかりました、若」


 マルコもリューの笑みに自信を持って返事をすると、執務室を後にするのであった。

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