第262話 酒を巡る抗争ですが何か?

 酒造ギルドの会長を務めるのはボッチーノ侯爵。


 その名を冠する銘柄『ボッチーノ』は、長年王都の民衆に愛飲されてきた。


 王都に流通するお酒の7割は酒造ギルドに登録された正規のお酒であり、品質も保証されている。


 その7割のうち、ボッチーノは、半分以上を占め、自他ともに認める王都最大の酒造商会であった。


 もちろん、それには色々と裏が有り、酒造ギルドを牛耳るボッチーノだからこそ成せる事であった。


 これまで、品質の良い密造酒商会は、いくつもあり、大規模生産が可能になる正規の許可を求めて酒造ギルドに登録を求めた。


 しかし、ボッチーノ一強の酒造ギルドは、強敵をわざわざ身内に作る理由は無く、何かと理由を付けては登録を認めてこなかった。


 そんな事から、近年では新規参入した酒造商会は一切存在していない。


 そこへ王家からミナトミュラー商会を推薦、酒造ギルドへの正規登録を求められた。


 ボッチーノ会長は、新参者、それも下級貴族の酒造商会を一切認める気はなかったが、相手は王家である。


 断るわけにはいかなかった。


 登録申請の書類に目を通すと、ミナトミュラー商会はずぶの素人ではなく密造酒を細々と作っていた様だ。


 だが、一部、高級酒も作っているようだ。


 それはつまり、それだけの技術がある事になる。


 もし、生産量制限があった密造酒作りから、制限を無くせる正規登録を下級貴族に許可したら、どうなるか簡単に予想が付くというものだ。


 王家には許可を快諾する素振りを見せ、ミナトミュラー商会にも、下級貴族に対して異例の認可を与えると恩を着せつつ、低品質のお酒しか製造できない三級の許可状だけを発行する。


 こうすれば、王家にもいい顔が出来て、ミナトミュラーという下級貴族に儲けさせず、そればかりか酒造ギルドに登録させた事で高級酒の密造を厳しく取り締まれる形にした。


 これで酒造ギルド内に不穏分子を作らせず、これまで通り安泰である、……はずだった。


 はずだったというのは、最近、ボッチーノ酒造商会を狙い撃ちする様に、大きな取引先が次々に契約を断って来ていたのだ。


 先日は、一番の取引先で長い付き合いのある、王都で一番の老舗酒場が契約を打ち切って来た。


 売り上げも大きなこの酒場が、長年の信用ある我がボッチーノとの契約を切るとは予想だにしなかった。


「うちと契約を切った酒場はどこの酒造商会と契約を結んだのだ?副会長のヨイドレン酒造商会か?それとも、古参のメーテイン酒造商会か!?」


 ボッチーノ侯爵は、酒造ギルドの正規の有名酒造商会の名をいくつか出して、部下に詰問した。


「いえ……、それがドラスタという銘柄を密造しているところだそうです……」


「ドラスタ?それも密造酒だと!?──あの老舗酒場がいつ消えてなくなるのかわからない密造酒銘柄を選んだというのか!?」


「はい、そのようです……」


「……ならば、いつもの様に、そのドラスタ?という密造酒商会を買収するなり、もしくはいくらでも口実を考えて警備隊に取り締まらせて潰すなどすればいい。さっさと手配しろ!」


「……そ、それが、そのドラスタという密造酒は出所がいまいちわかっていないので、手の打ちようがないのです」


 部下は、言いづらそうにしながら、その事を報告した。


「は?そんなもの、卸業者から辿ればすぐだろうが!」


 部下の無能さに腹を立てると怒鳴る。


「その卸業者が、裏社会の組織に属するところで辿れないのです」


「……そういう事か。……どこの組織だ?儂が話をつけてやる」


 ボッチーノも部下がなぜ困っていたのか把握すると確認を取った。


 こういう場合も、ボッチーノは十分、対応できる人脈は持っているのだ。


「『闇商会』です」


「『闇商会』だと?……王都を牛耳っていた『闇組織』から分かれたところか……。あそこは大幹部のルッチとは人脈があったが、今は完全に切れている……。──どちらにせよ相手は密造酒。量も出せなければ、味も安定させる事はできまい。お前はドラスタの出所を調べ続けよ。その上で『闇商会』も買収するのだ。やつらも小さい密造酒の商会から上がる少ない報酬より、こちらの方が金になると考えるだろう」


 ボッチーノは命令すると、すぐに売り上げは回復すると高を括って安心するのであった。


 だが実際は、今なお製造規模を増やし、その品質を落とさずにボッチーノの縄張りを荒らして行くのであるが、まだ、今はその事に気づく由もないのであった。




「ボッチーノはまだ、対策取ってこないの?」


 リューはお酒の製造についての話し合いの中で、マルコに確認を取った。


「卸しを担当してくれている『闇商会』からは、ボッチーノの部下がドラスタについて嗅ぎ回っていると連絡は上がっていますが、今のところドラスタの勢いは密造酒によくある一時的なものと考えているようです」


「意外に危機感足りないみたいだね。じゃあ、うちは引き続きドラスタ銘柄での大量製造と、ミナトミュラー商会酒造部門で現在開発中の新酒完成と同時に表と裏、両面からボッチーノを攻略する。みんな、勝負はこれからだよ!」


「「「へい!」」」


 街長邸の一室に強面の男達の声が響き渡る。


 いつもの光景だが他人がもし見たら、肝を冷やすだろう。


「ランスキー、新酒の仕上がりはどうだい?」


 リューは、進捗状況を確認した。


「9割方はほぼ完成かと。味も香りも若の求めていたものが出来ていますよ!あとは生産ですがこちらは流石にいきなり大量に作るのには時間がかかりますがどうしましょうか?」


 ランスキーは新酒に自信を持ってリューに答えた。


「生産に時間がかかるのは仕方がないよ。それだけ手間がかかるお酒だからね。仕込んでいる量は多いから、それが完成するまでは、闇魔法を使って先行で少量ずつ作ったものを販売しよう。その前に、商業ギルドへの登録もしないとね。そして次に、酒造ギルドへ登録。この順は絶対間違わないように。それさえ間違わなければ、前代未聞の三等級での高級酒『ニホン酒』が誕生するよ。──みんな、最後まで油断せずに励んで下さい!」


 リューは、酒造ギルドに対しての勝利に向かって、部下達を叱咤激励するのであった。

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