第255話 怒られてますが何か?

 オクータ男爵は、総責任者であるエラインダー公爵のお気に入りである軍研究所の所長、マッドサイン子爵に𠮟責を受けていた。


 その、マッドサイン子爵は、片眼鏡モノクルを付け直すとオクータ男爵を睨みつける。


「貴様が、自信を持って大丈夫だと言うから任せたのに、技術の一端どころか商品を買わされただけとはどういう事だ!」


 オクータ男爵はマッドサイン子爵の叱責に首を縮めた。


 オクータ男爵は、『自分には勝算がある。技術の全てを提出させます。それにはもちろんお金もかかりますが……』と、マッドサイン子爵に自信満々に答えると大金を引き出して意気揚々とリューのところに向かったのだ。


 大言壮語を吐いて、これなのだから、叱責を受けて当然の結果であった。


「それで、これにいくら払った?貴様には金袋を5袋渡していたはずだが?」


 マッドサイン子爵は、この無能な研究助手をまたも睨みつけた。


 オクータ男爵は、二袋の金袋を目の前に提出した。


「……つまり、この魔道具の鉄の筒と、加工された魔石5個で金袋3袋使ったという事か……。高い買い物だが、これを使って技術を解析できれば元は取れるかもしれないが……。──オクータ男爵、まさかと思うが、出し忘れは無いかね?」


 ドキッ!


 オクータ男爵は、安堵していたところに突然話を振られたので、目に見えて動揺した。


「あ、いや……、そんな事は……!」


「残りを出したまえ!」


 マッドサイン子爵は、費用を着服しようとした事に気づくとオクータ男爵に対し語気を強めた。


 オクータ男爵は、懐から金袋を一つ出して机の上に置いた。


「……もしや君は、お金を着服する為に相手側に無理難題を吹っ掛けて安く技術を買い取ろうとして失敗したわけではないだろうな?」


 オクータ男爵は、その指摘を受けると見る見るうちに顔に汗を浮かべる。


「この大バカ者が!貴様がお金に意地汚い事は薄々感じていたが、これ程とは!──オクータ男爵、その場で飛び跳ねてみよ」


 マッドサイン子爵は、目の前の愚かな男にさらなる疑念を持ったのか、突然そう言いだした。


「え?」


「いいから飛んでみよ」


 オクータ男爵は慎重に飛ぶ素振りをする。


「……もっと高く」


「……先日腰痛を発症してこれ以上は──」


「飛べ!」


 マッドサイン子爵の強い命令口調に、オクータ男爵は観念したのかその場で大きく跳ねた。


 チャリン


 お金の擦れる音が所長室内に響いた。


「貴様……!やはり、自分の懐に入れる為に、交渉を安くで済ませようとしたな!金袋一袋でこれらの商品を売ってくれただけでも相手は良心的に思えるが、貴様はその好意に泥をかけて侮辱しただけでなく、研究所の技術向上の機会を奪ったのだぞ!?貴様はクビだ!恥を知れ!」


 マッドサイン子爵は、外に聞こえる様な怒声でオクータ男爵を叱責すると、所長室から追い出すのであった。




 しばらくすると、所長室をノックする音が聞こえて来た。


「……何だ?」


「エラインダー公爵が、訪問されました」


「……部屋にお通ししろ」


 マッドサイン子爵が使用人にそう命令すると、すぐにエラインダー公爵が室長室に現れた。


「オクータ男爵をクビにすると言ったそうだな。マッドサイン子爵」


「……お耳が早いですな。ええ、あの男はこの研究所に相応しくありません」


「そう言うな。あやつは確かにお金に意地汚いが、研究員としては使える男だ。儂も長い付き合いだしな」


 エラインダー公爵はオクータ男爵を庇った。


 あの男、公爵に泣きついたな……。


 マッドサイン子爵は、内心溜息を吐く。


「……ですが、第1助手の地位は降りて貰います。平研究員で良ければ残って貰ってもいいですが」


「……厳しいな。第3助手くらいで勘弁してやってくれ。奴にも自尊心がある。あの歳で平研究員はかわいそうだろう」


「……わかりました。ですがこれ以上、研究に支障をきたす様なら私の方が所長の座を降りますよ?」


「そう言うな。君がいてくれているから、この研究所は持っているようなものだ。オクータ男爵にはこちらからもきつく怒っておいたから」


 嘘をつけ、あの男が研究所の情報を外部に持ち出しているのはわかっている。その先があなただという事も。その為にもまだ必要なだけだろう。


 マッドサイン子爵は内心でそう指摘するのであったが、もちろん直接言えるわけがない。


 マッドサイン子爵は、


「……わかりました。それではそういう事にしておきましょう」


 と、答えるとエラインダー公爵との面会を終わらせるのであった。




「……リュー。あんな男に商品売って良かったの?あんな奴が偉そうにしてる研究所なんてろくなところじゃないわよ?下手したらうちの商品を分析して真似ようとするかも」


「ふふふ。それは、出来ない様イバル君が頑張ってくれたから」


「そうなの?」


「発動するには、魔道具である鉄の筒に入れないと駄目な上に、魔石自体にも盗作防止の為の仕掛けがしてあるからね。今頃、分析しようと魔法の類を使ったらとんでもない事になってるよ」




 王都の軍研究所──


 ドドドドドーン!!!


 研究所内で5連発の鮮やかな光と大きな音が鳴り響いた。


 狭い室内での花火の為、いくら無害でも音による衝撃波がある。


 薄いガラス製の研究道具がいくつか割れ、何より至近距離での大轟音に研究員達の鼓膜が馬鹿になる者も多数出るのであった。




「リュー、聞こえた?」


リーンがその特徴的な尖った耳をピクンと反応させるとそうリューに確認した。


「……王都の方から微かに音が聞こえたね。──早速、やったかな?」


 リューはリーンにニヤリと笑うと、メイドのアーサが入れてくれた『コーヒー』を一口飲むのであった。

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