第254話 失礼な交渉ですが何か?

 学園祭が無事終了して最初の休日。


 リューはいつも通り、マイスタの街で街長としての業務に就いていた。


「若様。どこから嗅ぎつけて来たのか軍の研究機関の関係者を名乗る方々が面会を求めていますが、どういたしますか?予約すら入れずに直接やって来た無礼な者共ですから追い返しても良いと思ったのですが……」


 執事のマーセナルが、リューの仕事の合間を縫って報告して来た。


「……その人達は貴族?今どのくらい待たせてるの?」


 リューが、マーセナルの言い方にピンと来たのか確認する。


「オクータ男爵を名乗る男性とその部下二人です。すでに1時間ほどは待たせております」


 執事のマーセナルはリューの仕事を優先させて報告をわざと遅らせた様だ。


「じゃあ、もう1時間くらい待たせておこう」


 リューは失礼な訪問客を相手にする必要性を感じないと判断したのか微笑を浮かべ、事務作業を続けるのであった。




「遅い!栄えある軍研究所で第一助手を務める儂をこんなに待たせるとは!」


 オクータ男爵は応接室に通される事なく、待合室で2時間以上待たされていたので怒り心頭であった。


 そこへやっと使用人がやって来て応接室に案内する。


「騎士爵如きが男爵の儂を蔑ろにして許されると──」


 白ひげを蓄えた皺の彫りが深いオクータ老男爵は怒りの矛先を、案内する使用人の背中に言葉をぶつける。


「どうぞ、お入り下さい」


 使用人は涼しい顔でオクータ男爵を応接室に通した。


 普段、強面の男達がよく出入りする屋敷である。


 この程度の事では眉一つ動かす事もないのだ。


「なんだ、これだけ待たせておいて、騎士爵はまだいないのか!」


「主は忙しい身です。もうすぐかと」


 使用人が冷静にそう答えていると、子供が一人入って来た。


「子供?」


 ミナトミュラー騎士爵がまだ若干12歳の少年と知らなかったのかオクータ男爵は意表を突かれた表情をしていた。


「お待たせしました。リュー・ミナトミュラーです」


 リューが席の前で自己紹介をすると、毒気を抜かれた様にぽかんとリューを眺めていたが、はっと我に返ると、自己紹介した。


「儂はオクータ男爵である。100年の歴史ある軍研究所・総責任者であるエラインダー公爵の傍らで長年第一助手を務めてきている。その儂を待たせるとは失礼にもほどがある!」


 オクータ男爵は最初が肝心だと思ったのか12歳の少年相手に語気を強めて非難するのだった。


「……前触れもなく突然訪れ、すぐ会えると思っておられるあなたが失礼千万だと思いますが?それともエラインダー公爵の名を出せば失礼ではなくなるとでも?あなたの行為は自分だけでなく、エラインダー公爵の顔にも泥を塗っているという事をお分かりですか?それを承知でおっしゃっておられるのであれば、これ以上お話しする事はありません。このままお帰り下さい」


 リューは、オクータ男爵の恫喝を恐れる事無く理路整然と言い返すと扉を指さした。


 オクータ男爵はその返答に言葉が詰まる。


 普段はこの調子で恫喝すれば相手は問題化するのを恐れて謝罪してくるのだ。


 そして、交渉に入れば、相手は唯々諾々となる。


 だが出会い頭で反論されてしまった。


「き、貴様……!──まあ、今回は何もなかった事にしても構わん。儂もこんな子供相手に大人げなかったわ」


 オクータ男爵は自分の失言をなかった事にしようとした。


「オクータ男爵、まずはこちらに謝罪するのが礼儀だと思いますが?それも無しに用件を話す気でおられるのならば、この様な茶番に付き合う気はありません。僕も忙しいので失礼します。マーセナル、男爵がお帰りだ、出口までお送りして」


「ま、待て!ミナトミュラー騎士爵殿。今回はお互い熱くなり過ぎたようだ。ここは年長者の儂が潔く謝ろうではないか」


 やはり貴族だ。


 自分の面子を保つ様な言い方で全く反省しているとは思えない口調である。


「お互い?突然予約も無しに訪問し、すぐに会えないと一人怒鳴り散らかしていた方と僕が同等の扱いですか?それはまた失礼な話ですね。今度こそ本当にお帰り下さい。あなたとはどうやら話にならないようだ」


「ま、待たれよ!言い方が悪かった!儂も軍研究所を代表してこの場に来ておる。何もせずに帰るわけにはいかない。本当に謝ろう、すまなかった!」


 オクータ男爵は、相手が一筋縄ではいかないと知って、手のひら返しすると一転、素直に謝り始めた。


「……それで、ご用件とは?」


 リューもこれ以上、ごねると完全に軍研究所を敵に回す事にもなりかねないので折れる事にした。


「王都の催しで行われた魔法花火とやらの技術提供を改めて要請に来たのだ。あれは軍研究所の価値を高める為にも必要なもの、それはつまり王国の将来に関わる技術と考えている。なのでその技術を研究所の方で買い取ろうではないか!──おい!」


 オクータ男爵はそう言うと部下にお金の入った袋を一つ、リューの前に出させた。


「……これは?」


「もちろん、技術に対する報酬だ。国に貢献出来てお金も貰えるのだから、悪い話ではあるまい?」


 オクータ男爵はまだ、交渉の余地があると思っているようだ。


 それもたった小さい金袋一つとは。


「この金袋ですと……、──マーセナル。例の物をここへ持って来させて」


 リューがそう執事のマーセナルに命じると、マーセナルは鈴を二回鳴らした。


 すると使用人が小さい箱と、鉄製の筒を一つ持って入って来てリューの目の前に置いて退室していく。


「──このくらいが妥当ですね」


 リューが、箱を開けると加工処理された丸い魔石が5個、入っていた。


「?」


 オクータ男爵は意味が分からないようだ。


「この魔石は最近、領内で研究、制作された魔道具です。魔法花火を簡易化したものですよ。──その金額に見合った商品がこれです。もちろん、これは商業ギルドにはすでに登録しており、技術提供の方は致しません」


「技術提供が出来ないだと!?」


「技術にはそれ相応の人の努力とお金がかかっています。あなたが出したお金に対してはこれが精一杯です」


「わかっているのか!断るという事はエラインダー公爵を怒らせるという事だぞ!」


「いえ、わかりません。強いて言えば、あなたが失態を犯して相手を怒らせたという事くらいです。お買い上げにならないのであれば、その袋を持ってお帰り下さい」


 リューは毅然とそう答えた。


「ぐぬぬ……。ええい!商品を運び出せ!」


 手柄無しで帰るのはマズいと判断したのだろう。


 オクータ男爵は購入する判断をしたようだ。


 だが、リューにとってはそれが、狙いであった。


 こちらが商品を売ったという事は、まだ交渉の余地があると相手に思わせる事が出来るからだ。


 それに最低限、相手の顔を立てた事にもなる。


 逆にオクータ男爵はそれだけしか結果を持ち帰る事が出来なった事になるので失態であるがそれはリューには関係ない。


 自業自得である。


 オクータ男爵の急いで帰る後姿を見送りながら、リューは問題を一先ず処理できたと安堵するのであった。

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