第239話 自転車ですが何か?

 徒歩で通学していた自称、将来の剣聖・スードが、『二輪車』の改良版である『自転車』に跨り、馬車を追い抜いて王都を走り抜けていく様は、学園のみならず、王都内でもすぐに目を引いて噂になった。


 学園の普通クラスの生徒達は剣術大会後、スードがリュー達とつるんでいるのを知っていたので、それがリューから渡されたものだとすぐわかり、その確認も含めてスードに群がってきた。


「スード君!あの『二輪車』は、ここのところ王都で有名な貸し出しだけがされているやつの改良版だよね!?」


「やはり、ランドマーク製なの?あれも貸し出しなのかな?」


「『二輪車』よりもさらに速いけど、あれはどういう仕組みなの!?」


「僕もあれ欲しいのだけど、買えるのかな?良かったらミナトミュラー君に仲介を頼めない?」


「あれ売り出すの!?いくら!?」


 スードは、質問攻めに合い、リューのところに行けなくなるのであったが、リューに言われた通りに説明した。


「五日後に、ランドマークビルで販売されるよ。ただし、数に限りがあって価格は高めだから焦らないで!」


 スードは沢山の生徒を相手に告げた。


「「「いくらなの!?」」」


 生徒達は声を揃えて肝心の価格を聞く。


「……金貨五枚らしいよ……」


 スードでは買えるはずもない高額設定なので申し訳なさそうに答えた。


「……よし!買えない事もない!」


「くそー!お小遣いでは無理だ、父上にお願いしないと!」


「僕も父上に言って買って貰うよ!」


 スードは思わぬ反応に驚いた。


 確かに、画期的な乗り物なのは確かである。


 脚力のある自分がペダルを漕げば、馬車よりも速く進める。


 おかげで通学時間も大きく短縮できたのも確かである。


 だが、金貨五枚は貧乏な自分には高いと思っていたのであったが、みんなは適正だと思ったようだ。


「……高くない?」


 思わずスードは周囲にそう聞いてみた。


「そりゃ高いさ。でも、それだけの価値はあると思うよ。それは乗っているスード君が一番理解してるんじゃない?『二輪車』の改良版、──『自転車』って言うの?──その『自転車』、見る限り、ランドマーク製のリヤカーと組み合わせるとより能力を発揮できると思わない?あの『自転車』は無限の可能性を秘めてると思うよ?」


 商人の倅である生徒、ト・バッチーリは『自転車』について熱く語るのであった。




 こうして、実物が目の前で確認できた学園内の生徒達は、スードの情報の元、親に頼み込んで『自転車』購入の為に当日、ランドマークビル前に並ぶ者が沢山現れるのであった。


 さらに王都内でスードが乗る姿にランドマーク製だと気づいた者は王都内に点在するランドマークの『二輪車』貸し出し店に問い合わせる者も後を絶たなかった。


 それだけ、地面を蹴って進む『二輪車』以上に、スードが跨り、馬車すらも追い抜く『自転車』の疾走ぶりに、衝撃を受けた者が多かったという事だ。


 価格を聞いて様子を見る者、断念する者も確かにいるのだが、買う為に貯金を心に誓い我慢する者も多くいた。


 だが、それに反して、借金してでも買おうとする者もいたのは確かだ。


 もちろん、当日はランドマークビル、各『二輪車』貸し出し店に行列が出来た。


「スード君のおかげで短い期間でかなり宣伝出来たみたいだね」


 ランドマークビルの五階から階下の行列を見下ろして、リューが隣のリーンに声を掛けた。


「王都を横断して家に帰ってるスードならではね」


「リュー、そのスード君にはちゃんと報酬を上げなさい」


 二人の傍からひょいと覗き込んだ父ファーザが二人の会話を聞いていたのか一緒に下を覗いて告げる。


「うん。『自転車』も上げたし、この行列だから特別報酬も上げるつもりだよ」


「そうか、ならばいい。よし、私は従業員に声を掛けてくるか」


 ファーザはリューの頭をクシャっと撫でると、階下に降りていく。


「『自転車』は、大成功しそうね」


 リーンはまた、リューの成功に喜ぶのであった。


「その為には、これからもっと低コストで提供出来るように職人さん達と技術を磨いていかないとね」


 リューはリーンに笑顔で答えると大きく頷くのであった。




『自転車』の販売が開始されると、今回も盛り上げる為に出した出店の力も相まって、文字通りお祭り騒ぎになった。


 購入した傍から自転車に跨り、練習を始める者が後を絶たず、急遽、練習会も行われた。


 一応補助輪は購入の際に付ける事をお勧めしているのだが、中にはそれを拒否する強者もいたのだ。


「痛っ!くそー、結構難しいな……。だが今のでコツが掴めた気がする!」


「勢いをつけると安定するのか!もう一度だ!」


「お、お、お!──やったー!前に進んでるぞ!」


 練習会は購入者達で盛り上がり、購入はしないが物珍しさで遠巻きにそれを眺め、コケては再度挑戦する購入者を応援している者もいる。


「惜しい!次行けそうだぞ、頑張れ!」


「おお!あっちの人はもう、乗りこなせているぞ!?」


「本当だ、うまいもんだ!」


 こうして、ランドマークビルの前での、この光景は普段以上に人を集めた為、一時、警備兵がやってきて、道が通れないから空ける様にと厳重注意する場面もあったが、大いに盛り上がるのであった。


「この調子なら、今日予定してある分は売れそうかな」


 リューは大盛況になっている自転車販売会を上から眺めて満足する。


「そうね。それに買って行った人が乗ってるのを見て、購入しようと思う人が現れるだろうから、これからまた忙しくなるわよ」


 リーンもリューの言葉に賛同する。


「この盛り上がりを、ランドマークとマイスタの街の職人さん達が聞いたら喜ぶだろうな」


 リューは、それを想像すると満面の笑顔になるのであった。

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