第201話 全部同じ人ですが何か?
王宮の一室。
そこでは、分刻みの日程で仕事をこなす国王が、ひと時の休憩の為、お茶の時間を楽しんでいた。
「いい香りだ……」
国王が、湯気を立てるカップに鼻を近づけて香りに満足しながら、ひとかけらのチョコを口にし、カップの中身のコーヒーを一口飲む。
「陛下、お聞きになりましたでしょうか?」
向かいの席で一緒にお茶休憩を取っていた宰相が何か思い出した様に声を掛けた。
「何の事だ?」
「エリザベス第三王女殿下が、学園の期末テスト3位と好成績だったそうです」
「その様な事、結果が出てすぐに報告を受けておるわ。一位と二位がまた、ランドマーク子爵の倅、リュー・ミナトミュラーと、エルフのリンデス村長のところの娘だろう?頼もしい事ではないか。まあ、うちの娘が一位ならなお良かったがな。ははは!」
「では、そのミナトミュラー騎士爵が商会を作った事は?」
「ほほう、そうなのか?」
「早速、王都と、マイスタの街の間の道を整備し、交通の便を良くしたようです」
「なんだ、そんなに交通の便が悪かったのか?」
「どうやらその様で。予算にも限りがあるので、あちらの道の整備はずっと後回しになっていたようです」
「……そうか。それは、騎士爵には悪い事をしたな。良い街を与えたつもりだったのだが官吏に任せたのはいけなかったな」
国王は、忙しさの中で、官吏に丸投げしていた事に眉を潜めた。
「いえ、私も官吏に任せておりましたのでそこまでの配慮が足りませんでした」
宰相も反省の弁を述べる。
「騎士爵は不満を漏らしているのか?」
「いえ、その様な苦情は上がってきておりません。ですが、あちら側の負担で道の整備を行ったようですので、もしかすると不満を持っているかもしれません」
宰相は重大とも思える発言をした。
「なんと!ならば国庫からその分は出しておけ。その様な事で人心が離れるような事では困るぞ?」
「もちろんです、その手続きは先程、私がしておきましたのでご安心を。それと……」
「そうかならば良かった。他に何かあるのか?」
国王は、宰相の手際に安堵の息を漏らし、まだ続きがあるらしい宰相に続きを促した。
「騎士爵の商会、ミナトミュラー商会が、建築土木業を中心に商いをやっているようなのですが、王都の城壁修復工事参加の申請を行っております」
「なんだ、申請を認めてやればよかろう?」
国王は、何が悪いのか聞き返した。
「まだ、実績がありませんから、他の商会から不満が上がるかと……」
なるほど、新参者を入れると古参の商会の稼ぎが減る。
それは、確かに不平不満が上がりそうだ。
「すでに王都・マイスタの街間の道の整備を行ったのであろう?それで十分だ。北側の一部の城壁修復に限ってやらせれば、他の商会もそこまで目くじらを立てまい。──その騎士爵の商会の評判はどうなのだ?」
国王は、まだ、出来たばかりの商会なので、広い範囲を任せられないだろうと想像してそういう判断を下した。
そして、やはり気になるのは、新米騎士爵が運営する商会の評判である。
「王都内でもその商会はいくつか大きな建物を建てております。工事期間も短く、価格も安いとあって評判は悪くないようですな。それに変わった出で立ち、手法、宣伝をしているようです」
「そうなのか?」
「はい。青色の変わった服装で作業員の身なりを統一し、工事現場の四方を垂れ幕で覆って作業風景を見えなくしているとか。そして、大きな看板を立てて、現場作業をしている自分の商会名を書き、作業音がうるさいのでその事の謝罪文もその看板に書いているとか」
「?建築業とはそのようなものなのか?」
「いえ、報告者によれば、その様な手法は初めて見るとか。どうやら、騎士爵が独自に考えたようです」
「そうかそうか。どうやらミナトミュラー騎士爵は、勉学と魔法の才能だけでなく、商売の才もある様だ。ははは!」
「全くですな。誠に将来が楽しみです。──ところで陛下」
「なんだ、まだ何かあるのか?」
「いえ、話は変わるのですが、不穏な噂を耳にしまして……」
「……不穏とな?」
「陛下は王都の裏社会についてはどのくらい知っておられますか?」
「……ふむ。ここ数年、怪しい薬が出回っているらしいな。その出処が『闇組織』とかいう大きい組織と聞いている」
「陛下の耳にも入っておりましたか。……どうやらその裏社会で抗争があった様で、その『闇組織』が、消滅したそうなのです」
「なんと!?儂が聞いたところでは王都でも最大勢力として君臨しており、中々手が出せないと聞いておったぞ?」
「こちら側でも調べさせていたのですが、中々尻尾を出さず苦慮しておりました。報告では内部分裂を起こしたのではないかとの報告です」
「内紛か……」
「はい。そして、その後釜に新たな勢力が就いたらしいのですが、その勢力は、幸運な事にその怪しげな薬の製造を止めてくれたようです」
「おお、それは不穏どころか良い報告ではないか!……貴族達の間でも密かに広まっていたというし、対処に困っておったが、ならばもう、安心か」
「ですが、その後釜に就いた組織の事はまだ、よくわかっておりませんので警戒は必要かと……」
「……うむ。東西の国境線でもいさかいが絶えないという報告もある。そんな中、王都内でもその様な不穏分子を抱えるわけにはいかんからな」
国王は、国内外の動向について心配するのであったが、先程まで楽しく語っていたリュー・ミナトミュラー騎士爵その人が、その組織のボスであるとは夢にも思わないのであった。
ハックション
「風邪かしら?」
リーンがくしゃみをして鼻を啜るリューに、ハンカチを渡しながら聞く。
「いや、多分、誰かが僕の噂をしてるのかもね。出来れば、ミナトミュラー商会の良い噂だと良いなぁ」
リューは笑いながら冗談のつもりで言ったが、まさかそれが正解であるとは夢にも思わないのであった。
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