第195話 謝罪ですが何か?

 アタマン侯爵家は、震撼していた。


 何かと裏で利用していた『上弦の闇』が他の組織に潰されたのだ。


 それだけならまだ、問題は無い。


 他の繋がりを持てばいいだけだからだ。


 だが、問題はそうではなかった。


 数日後、アタマン侯爵家に一通の手紙と小包が送られてきたのだ。


 その送り主不明の手紙には、


「これは、うちのシマに手を出した者の末路です」


 とだけ記されていた。


 アタマン侯爵は「?」であったが、執事がその小包を侯爵に代わって包みを剥がすと小さな箱が現れた。


それを開けると……、


「ゆ、指!?」


 そこには、趣味の悪い指輪が嵌められた小指が一つ入っていたのだ。


「旦那様……、この指輪には見覚えがあります。先日、壊滅して組織ごと行方不明である『上弦の闇』のボス、アーバン・レンボーのものかと……」


「何!?それがなぜうちに送られてくるのだ!?『上弦の闇』はよく人の処分に使っていたが、裏の組織同士の争いに首を突っ込んだ覚えはないぞ!?」


 アタマン侯爵は身に覚えがない、文面からも警告とわかるこの小指を凝視して身を震わせた。


「……申し訳ありません旦那様。実はギレール坊ちゃんに先日、『上弦の闇』について聞かれましたのでお教えしました。その際に『依頼料が必要だ』とおっしゃるのでお金もお渡ししましたので、その事かもしれません……」


 執事が、青ざめながら身に覚えがある事実を口にした。


「な、何!?ギ、ギレールを呼べ!何て事をしてくれたのだ、あやつは!」


 アタマン侯爵は激怒すると執事に命令する。


「坊ちゃんは今、学校です。夕方にはお戻りになるかと思いますが……」


「すぐに学校まで使いを走らせろ!学校どころではない!裏社会で大きな勢力を持っていた『上弦の闇』を潰す様な連中だぞ!その様な組織に目を付けられ、周囲をうろつかれたらアタマン侯爵家の家名にも傷が付く!」


 アタマン侯爵は憤ると愚かな事をしでかした息子を呼びつけるのであった。




 暫らくすると、学校から急いで戻って来たギレールが、父親の執務室に飛び込んできた。


「父上!大丈夫で──」


 どうやら、父親に何かあったと勘違いした様だ。


「このバカ息子が!『上弦の闇』を使って、どこの組織のシマに手を出させたのだ!?」


 アタマン侯爵は飛び込んできたギレールの言葉を最後まで聞く事なく怒鳴りつけた。


「え?」


 ギレールはピンピンしている父親の姿にホッとする暇も無く怒鳴りつけられ、その内容も頭に入ってこない。


「貴様が『上弦の闇』を動かしたのだろうが!そのせいで『上弦の闇』は潰され、うちは、どこかの組織に目を付けられたのだぞ!」


「え?……えー!?──ちょっとお待ち下さい父上!私は兄上と自分の経歴に傷を付けた後輩が統治を任せられている田舎街を燃やさせただけですよ?結果報告はまだ、届いておりませんが……」


「どこの何と言う街だ!?」


「確か……マイスタという街だったかと……」


「マイスタの街……、そこは聞いた事がないですね……。坊ちゃん、本当にそこで間違いありませんか?」


 事情通の執事がギレールに確認する。


「あ、ああ……。そこの街の街長が自分達兄弟の経歴を傷つけたミナトミュラー騎士爵なんだ。そんな田舎街の一つや二つ燃えたところで……」


「その結果、そこを縄張りにしている組織がこの王都で幅を利かせていた『上弦の闇』を潰したんだ、馬鹿者!──あっちは、お前がその街を襲わせた事を調べ上げてこんな物を送り付けてきたのだ!」


 アタマン侯爵は、机の上に置いてあった手紙と小さい箱を掴むとそれをギレールに押し付ける。


 手紙を読み、箱を開けたギレールは、思わず中身に驚くと箱を投げ、指輪の嵌まった小指が床に投げ出された。


「その騎士爵に謝罪して、その地元の組織との仲介をお願いしろ!」


「奴に、この私が頭を下げるのですか!?」


「当然だろう!仲介して貰い、あちらの地元組織に、今回の事を水に流して貰わないと、いつまたこの様に指が届くかわかったものじゃない!その為なら、お前の土下座の一つや二つ安いものだ!」


 ギレールはミナトミュラーに自分が土下座する姿を想像して屈辱に顔を真っ赤にしたが、父親の命令である、従うしかないだろう。


 父親に今すぐ学校に戻って謝罪して来いと再度怒鳴られると、渋々学校に戻って行くのであった。




 すでに時間は夕方に差し掛かり、生徒達が下校の準備を始めていた。


 リューもリーンと二人、教科書やノート、筆記用具をマジック収納に入れると、席が近いランスやイバルと話しながら席を立ったところに、教室の扉が勢いよく開けられた。


 その音に和気あいあいとしていた教室の生徒全員がピタッと止まり視線がその方向に向けられる。


 そこには三年生のギレール・アタマン先輩が立っていた。


「リュー・ミナトミュラー!話がある。体育館裏に来い」


「……いえ、すぐ帰りたいので用件はここでお願いできますか?」


 ギレールの態度からまだ、懲りずに絡んでくるのだろうかと思ったリューは、証人がいた方が良いと思い、そう答えた。


「……くっ!」


 ギレールはその返答に言葉を詰まらせると、何か踏ん切りが中々つかないのか顔を赤くしたり、青くしたりしながら挙動不審な動きをし続ける。


 ざわざわ


 他の生徒達もこの三年生の先輩の挙動にざわつき始める。


 ギレールはその教室の反応を感じて、これ以上引き延ばすと良い事はないと思ったのか、リューの傍まで駆け寄ろうとした。


「そこで止まりなさい!」


 リーンがその間に入って、手で制す。


 ギレールは接近して小声で謝罪するつもりだったが、リーンに間に入られてそれも出来なくなった。


「……先日の街の一件は私がやらせた事だ。……すまなかった。許してくれ、この通りだ……」


 観念したギレールはその場に土下座するとリューに許しを請うのであった。

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