第196話 誠意を見せろですが何か?

 教室内はギレール・アタマンの想像をはるかに超える行動に一瞬息を飲み、重々しい沈黙が支配した。


 ギレールの言葉の内容からリュー・ミナトミュラーに何かした様だが土下座する程だから、余程の事をしでかしたのだろうと、教室内の生徒達は下校の準備中だった手を止めて近くの生徒と憶測し始めるのだった。


「……心当たりがありますが、そういう事ですか?」


 土下座された当人であるリューは驚く事なく冷静に対応した。


「……ああ、本当にすまない……!被害に関してはアタマン家から賠償金もちゃんと支払う……、支払います。だから君には地元を縄張りにしている組織に会える手筈をお願いしたい。仲裁して貰えれば助かる……」


 ギレールはリューに頭を下げる屈辱に顔を歪めながら、言葉を振り絞る様に言うとお願いする。


「ギレール先輩がやった事は、国に報告して裁いて貰うレベルの行為だとわかっていますか?それに先輩が言う地元の組織、僕はあの街の長に収まってますが新参者です。手筈を整えるだけでも大変だと思いませんか?これだけ迷惑をかけておいて、都合が良すぎると思いますよ?」


 その組織、竜星組の組長であるリューだが、もちろんそれは秘密なので知らないフリである。

 それに、街を燃やそうとした行為自体、そう簡単に許されるものではない。

 リューは素直に頷くつもりはなかった。


「……くっ!ど、どうすればいい……?」


「そちらの誠意を見せて貰わないと、こちらからそんな裏社会の組織と接触する手筈や仲裁など、僕には迷惑でしかありませんよ?そんな都合のいいお願いがあると思いますか?」


 前世のヤクザの常套手段「誠意を見せろ」である。

 自分で言ってて笑える思いであったが、笑いを堪えてギレールを少々追い詰めてみる事にした。


「……賠償金の他に迷惑料、紹介料、仲裁の手間賃も支払う。……それに今後、手を出さないと誓う」


 ギレールは父から怒られるのを覚悟して譲歩する姿勢を見せた。

 だが、大きく譲っている様に聞こえて、実はあまり譲っていなかった。


 口約束の時点で、信用はゼロだ。


 この辺りはやはり狡猾だ。


「……まだ、ご自分のお立場を理解されていないようですね。侯爵家だからこのくらい譲歩したというつもりなのでしょうけど。犯罪者として国に訴え出ていいのですよ?証人はこのクラスの生徒がいますし。僕が治める街の襲撃を裏社会の組織にさせておいて、お金と当てにならない口約束だけで僕が頷いて問題が解決するとでも?」


 リューはクラスの生徒全員を証人にする為にギレールの犯罪をはっきりと口にした。


「……ぐぬぬ!……ではどうすればいいんだ!」


 ギレールは逆ギレ気味に立ち上がると言い返した。


「まず、今回の犯罪行為を全面的に認めた事を書面にして下さい。もちろん、さっきおっしゃった事も守って貰います。その上で、我が寄り親であるランドマーク家、そして、僕のミナトミュラー家に対して今後一切関わらないという誓約も書面にお願いします。それが出来次第、裏社会の組織との橋渡しをさせて貰います」


 書面にする事で、今後何か起きた際、今回の事でいつでも国に突き出せる状態にしようという事だった。


 これは、ギレールには屈辱的な事だ。


 今後、ランドマーク絡みで自分が関わる事があったら、証拠書類の存在でいつでも捕まる事になる。

 リューが巧みなのは、敢えてアタマン侯爵家の名前を出さなかった事だ。


 アタマン侯爵家にしてみたら、いざという時、次男であるギレールを切れば済む事だ。


 そういう意味では、アタマン侯爵家のメンツは保たれる。


 リューはこうする事で、アタマン侯爵家を全面的に敵に回す事なく、ギレール個人の立場を悪くして追い詰めたと言っていい。


 ギレールは、それを察したのか顔を真っ赤にし、そして、断れない事を理解して顔を青くすると、一言「……わかった」と承諾し、教室を出て行くのであった。



 後日、リューの元に、書面が送り届けられ、それを確認すると、さも接触するのが大変だったという風に間に入り、竜星組との仲裁を仕切るのであった。


 竜星組の代表はマルコ。


 アタマン侯爵家からはギレールと執事である。


 そして、その間に仲裁役のリューである。


「うちのシマを荒らすよう、『上弦の闇』に依頼したのはそいつか……?子供の遊びにしては度が過ぎたなお坊ちゃん。おかげで家のシマを襲撃した『上弦の闇』はうちの報復で壊滅。ボスのアーバン・レンボーは、”失踪”だ。残党はおそらくあんたを逆恨みしててもおかしくないな。もちろん、うちも怒り心頭なわけだが」


 マルコが、リューとの打ち合わせ通り、先制パンチで静かに雰囲気をピリつかせながら、凄んで見せた。


 この辺りはマルコも本職である、上手いものだ。


 リューが内心感心していると、


「ミナトミュラー騎士爵から話を伺っていると思いますが、今日は穏便に済ませて貰いたく……」


 執事が、怖じ気る事無くギレールを守る様に前に出た。


「アタマン侯爵家は、謝罪と賠償金を支払うと言っているので、今回は僕の顔を立ててチャラにして貰っていいですか?」


 リューが執事に感心して早速仲裁の仕事をする。


「……本来ならシマを荒らされた時点で竜星組はアタマン侯爵家とそっちの坊ちゃんを徹底的に追い込むところだ。だが、ミナトミュラー騎士爵が、そう言うのであれば……仕方がない。こちらの提示する額で手を打とう、これがうちのボスの要求額だ」


 マルコはそう言うと、目の前に金額を書いた紙を提示する。


 執事はその額を見て顔色一つ変えず、頷く。


 ギレールはその額に驚くと、執事の表情を伺い、次に相手のマルコを見て、最後にリューの顔を見たが、何も言う事が出来ずに大人しくしているのであった。




「ギレール坊ちゃん。わかっていると思いますが、あちらの竜星組は、出来たばかりですが、王都で裏社会最大の組織です。その組織が一目置くミナトミュラー家、ランドマーク家には今後一切手を出してはなりません。わかりましたね?」


 帰りの馬車で、冷や汗を拭った執事は、そうギレールに釘を刺した。


「……わかった」


 ギレールはそう一言答えるとうな垂れ、馬車内は沈黙に包まれるのであった。




後日、『上弦の闇』のボス以下、主要な幹部は、マイスタの街での放火事件、王都での殺人などの重犯罪の容疑も含め、逮捕されたマイスタの街でその罪を問われて有罪となり、即日縛り首の刑に処せられたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る