第191話 男爵の養子ですが何か?

 一年生棟はおろか、学園中が騒然としていた。


 イバル・エラインダー、もとい、イバル・コートナインが、学園に戻って来たのだ。


 それも、敵対していた王女クラスに移動し、更には無期限停学の原因であるリュー・ランドマーク、もとい、リュー・ミナトミュラーの隣の席という、生徒全員がこの不可解な状況に「?」を頭に浮かべずにはいられなかっただろう。


 それも、そのリューとリーンが、このイバルの傍にいて、親し気に話している。


 イバルの方はまだ緊張している様子だが、過去のトラブルが嘘の様な状況だ。


 教室の出入り口には、他のクラスの生徒が集まって、その怪異の様な場面を眺めるのであった。


「ミナトミュラー君が、彼と話しているという事は、過去の事は水に流すって事かな?」


「いや、これからその代償を支払わせるつもりじゃないかな?」


「馬鹿、あのリーンさんも笑顔で話してるじゃないか!そんな雰囲気じゃないだろ」


「でも、何で元のクラスじゃないのかな?」


「イバル個人に恨みを持ってる奴もいるからじゃないか?」


「今やエラインダー公爵家の嫡男から、コートナイン男爵の養子に急降下だからな。公爵家と関係なくなった今、これまでの事をやり返そうと思う奴らは多いだろうな」


「でも、それは王女クラスも一緒じゃないか?」


「だが見ろよ。うちの学年で一番の成績を獲得し、あの歳で騎士爵に叙爵したミナトミュラー君が許すという姿勢で隣にいるんだぜ?誰が手を出せるよ?」


「あ!イバルが、ミナトミュラー君と一緒に王女殿下のところに歩いていくぞ!」


 他所のクラスの生徒達が、無神経に教室内の動きに反応して、声を上げる。


 教室の出入り口が騒がしくなる中、イバルとリュー、リーンの三人はエリザベス第三王女殿下の前に移動して挨拶する。


「王女殿下、イバル君が謝罪をしたいとの事なので、聞いて頂けないでし──」


 リューが軽く会釈すると、イバルとの仲裁役に入ろうとした。


「その必要はないですわ」


 エリザベス王女殿下は席を立つとリューの言葉を遮った、そして続ける。


「イバル君の目を見ればわかります。そして、リュー・ミナトミュラー君が彼を許したのであれば、私がとやかく言う事ではありません。──イバル・コートナイン。今後は王家への忠誠を胸に学業に励んで下さい」


 流石は王女殿下といったところだろうか。


 ざわついていた教室がこの言葉でピタッと止んで静かになった。


「……だから、イバル君。ここで膝を着く事はないのですよ」


 最後に王女は、イバルに近づくとこそっと耳打ちした。


 リューの言葉を遮り、イバルにしゃべらせなかったのは、今にも周りの目も気にせず、イバルが膝を着いて許しを請いそうだったから、彼の今後の為にもそれをさせない様、遮ったのだった。


 イバルはこの王女の計らいに、みるみるうちに涙を浮かべ、泣きそうになる。


 リューとリーンがそんなイバルの表情を、両脇から周囲の目を遮る様に壁に入ると、ポンと背中を軽く叩き、自分の席に戻る様に促した。


 そこへ、担任のスルンジャー先生が教室の出入り口にたむろする生徒達を注意する声が聞こえてくる。


「ほら、自分の教室に戻りなさい!もう、授業の時間ですよ!」


 他所のクラスの生徒達は、蜘蛛の子を散らした様に慌てて自分の教室に戻って行くのであった。


 この王女の寛大な振る舞いはすぐ、一年生全体に広がった。


 こうして、イバル・エラインダー、もとい、イバル・コートナインは、王女殿下、ミナトミュラー騎士爵の双方にこれまでの非礼の数々を謝罪して許しを得、学園に残る事になったのだった。



 休憩時間──


「コートナイン家って、エラインダー公爵家の元与力だっけ?」


 ランスが事情通なところを見せて、イバルに質問した。


 数年来の友人の様な気楽さだ。


「うん。今のコートナイン男爵家の当主、現在の俺の義父はその二代目でまだ、二十六歳。子供も五歳の男の子がいるのに、俺みたいな厄介者を養子縁組させられて困ってるよ。それにあまり裕福とは言えないから、俺がこの学園に通い続ける事も実は負担になりかねないんだよ……」


 イバルはランスの質問に答えるのであったが、思ったより重い話であった。


「でも、エラインダー公爵家からお金は出ているんだろ?」


 ナジンが男爵家は無理を押し付けられるのだから、それくらいの見返りはあるだろうと予想して聞いた。


「それなら、まだいいのだけど……。絶縁したとは言え、公爵家の血筋を入れてやるのだから名誉だろう、って感じだと思う。学費は全額支払われているけど、それ以外は自己負担だから夜に義父と義母が頭を悩ませていたよ」


「それは大変だね……。──そうだ!今、人手が足りないからうちで働くかい?生活費くらい稼げれば、今の家にも居づらくて困る事ないでしょ?」


 リューはイバルの今後を考え、働く事を提案した。


「え?……それはありがたいけど、俺に出来る事あるのかな……」


「いくらでも出来る事はあるよ。国に収める税をちょろまかすお手伝いとか、国の官吏に便宜を図って貰う為の賄賂の運搬とか──」


「「ヤバい仕事を友人にさせるなよ!」」


 リューのその場を和ませる為?のヤバい提案に、ランスとナジンがすぐにツッコミを入れるのであった。


「……その話、楽しそう。詳しく聞きたい」


 意外なところでシズが、リューの冗談に興味を持つのであった。

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