第124話 怒りましたが何か?

 放課後の普通クラスの生徒達による特別クラスの生徒襲撃は、下校時の生徒が多い中での出来事だったので、翌日の朝にはすぐに学校中に広まる事になった。


 指示したのがイバル・エラインダーの取り巻きの生徒で、背後にイバル本人がいる事は明らかだった。


 なので先生達は表沙汰にする事を避け、リューにも口外しない様にと釘を刺してきた。


 もちろん、リューは言うつもりはなかったが、前述の通り目撃者が多過ぎたので、イバル・エラインダーは人を使って王女クラスの生徒を襲わせたが、返り討ちに遭い恥をかいた、と学校中に広まった。


 これには続きがあり、それも相手は男爵の三男という小者相手だ、というオチだ。


 その噂にリーンは「リューは小者じゃないわ!」と不満であったが、リューはリューで国家の重鎮エラインダー公爵家を刺激する事にならないかと心配であった。


 公爵家の跡取りと男爵家の三男、大事になったら吹けば飛ぶのはこちらだ。

 もし、有利に運んで手打ち(和解の事)になっても、平等なわけはないだろう。

 多分、こっちが相当不利な条件でないとあちらもうんとは言わない可能性は高い。

 それが身分格差社会の現実だ。

 平等なんて言葉はなく、理不尽がまかり通る。

 ましてや、相手は公爵家なのだから、良くて自分とリーンの退学、悪くてランドマーク家は田舎に帰れと王都から追い出されるかもしれない。


「……最悪だ……」


 リューは降りかかる火の粉を払っただけなのだが、学校中に噂が広まった事で最悪の未来が見えてしまったのだった。


「……話を聞いたが災難だったな」


 ランスが教室の奥の左隅っこで頭を抱えるリューに声をかけた。


「あっちはあっちで人前での襲撃が失敗して大恥をかいたが、恥をかき過ぎたからあっちがどう動くかわからない。最悪、リュー達の身が危ないかもしれないな……」


 リューが想像した最悪のシナリオをナジンも想像したらしく、リューに警告するのだった。


「……うちのパパに相談してみようか?」


 とシズ。


 シズの父親ラソーエ侯爵は王宮内で複数ある貴族派閥の内のひとつのトップで、王家に影響力を持つ事で有名だそうだ。


 もしかしたら、仲裁に王家を引っ張り出してくれるかもしれない。


「うーん……。話が大きくなったらお願いするかもしれない……。でも、今は何も起きない事を祈っていて。」


 弱弱しく笑って答えるリューであったが、今のうちに保険を用意しておく事が重要かもしれないと思うのだった。




 と思っていた矢先。


 休憩時間にトイレから戻ってくる途中、廊下でリューはイバル・エラインダーのクラスの生徒達に取り囲まれる事になった。

 流石貴族。

 みんな侯爵や伯爵、子爵、そして男爵の跡取りや次男ばかりだ。


「男爵の三男風情が、イバル様に恥をかかせるな!」


「そうだ!黙って殴られて従ってればいいんだよ!」


「相手が普通クラスの生徒だったからって調子に乗るな、男爵の三男風情が!」


 酷い言われ様だ。

 ここにリーンがいなくて良かった。

 いたら、次の瞬間にはこの子達の前歯が無くなってるだろうな。

 と、怖い想像をするリューであったが、ランドマーク家を貶されてるわけではない。

 僕個人に対する中傷だ、まだ大丈夫。


 リューは、文句を聞き流していた。


 がしかし。


「ランドマークってぽっと出の成金だろ?お前の親、地位をお金で買ったんじゃないか?ははは!」


 と、取り囲んでる人混みの誰かが馬鹿にする発言をした。


「……誰?うちの親の悪口言った人……」


 冷静に、だがある種の圧を感じさせる雰囲気を漂わせながらリューは聞いた。


「ああ?ランドマークなんて地方の田舎貴族だろ?田舎者は田舎者らしく王都から出て行け、田舎臭いんだよ!」


 一瞬リューの圧に怯んだ生徒が、人数を頼みに勇気を奮い立たせてリューの胸倉を掴んだ。


「……これ暴力を振るった、でいいよね?」


 リューはそう言うと自分の胸倉を掴んだ手を軽くひねり上げて片手で吊るし上げた。

 生徒の体が宙に浮く。


「痛い痛い!離せ、痛い!」


「さっき言った言葉取り消して」


 リューはまだ、怒りを滲ませながらも冷静に言う。


「この野郎!離せよ!」


 別の生徒がリューに殴りかかった。


 リューは生徒を吊るし上げたまま、それを簡単に躱す。


「さっき言った言葉取り消して」


 リューはまた、同じ台詞を言った。


「痛い……!取り消すから離して下さい!」


 あまりの痛みに生徒が泣きながら懇願するので、そこでやっとリューは手を離した。


 生徒の手首にはくっきりと痣が残っている。


「次言ったら、手加減しないからね?」


 リューが、怒りを抑えながら言うと、その雰囲気に呑まれた生徒達は、


「や、ヤバいよこいつ……」


「きょ、今日のところは見逃してやるよ!」


「お、覚えてろ!」


 と、捨て台詞を残して自分達の教室に逃げ帰っていくのだった。


 そこに、騒ぎを聞いてリーンがやって来た。


「リュー、大丈夫!?」


 リーンはリューを心配してつま先から頭のてっぺんまで安全を確認する。


「うん、大丈夫。穏便に済ませたから」


 まだ、怒りが収まらないリューであったが、リーンがいたら確実にもっと大事になっていたなと思うと、気が抜けて少し落ち着くのだった。

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