Encore

「……あは」


 ――天界の片隅に、小さな笑い声が響いた。

 人影が一つ、安楽椅子に腰かけている。華やかな天使装束が細い身体を包み、流れるような金髪がその肩にかかっていた。その背中には、全身を包み込めるほどの天使の翼。その姿は、高天原唯が権能を使う際に出現する金色にひどく似ている。


「なかなかやるじゃん、あの子たちも……流石はボクの『巫女』が率いる集団なだけあるなぁ。あの子を選んで正解だった、かな?」


 くすくすと笑い声を響かせ、ソレは安楽椅子から立ち上がった。ふっと笑みを吐き出し、周囲に浮かぶ眼球のような魔法陣を眺めてゆく。そこに映し出される一つ一つが、『巫女』あるいは『神官』と呼ばれる存在の瞳を通した景色だ。アナザーアースを管轄する天使の一翼たるソレは、幾人もの人間を従えている。その一人一人に『権能』を与え、世界に『死』を塗り広げる足がかりとしていた。


「数いる部下たちの中でも、あの子たちは特に優秀だからねぇ……カミサマが仕掛けたゲームにも勝ち越せると思ったけど。期待通り、かな?」


 5勝4敗2分け。引き分けをノーカンとして計算すると、一応、勝ち越しになるのだろうか。黄金色の瞳を瞬かせ、ソレはふっと笑みを吐き出した。

 ふと背後に視線を感じ、振り返る。数人の天使たちに向き直り、ソレは金色の瞳を瞬かせた。子供のように無邪気な視線が、苦い顔の天使たちを捉えた。


「ねぇねぇ――今どんな気持ち?」


 薄い唇から放たれたのは、鋭利な刃物のような言葉だった。同僚天使たちは、あるいは歯を食いしばり、あるいは舌打ちを響かせる。そんな彼らの瞳を一つ一つ覗き込み、ソレは歌うように言葉を続けた。


のボクに出し抜かれて、どんな気持ち? どうせ無理だろって高みの見物決め込んどいて、いざボクが勝っちゃったのを目の当たりにして、どんな気持ち? ボクにはわからないから、教えてほしいなぁ」


 鈴蘭のように無垢な笑顔。蜂蜜のようにべたつく声。風のように自然な双眸に見つめられ、眼鏡をかけた天使が震え上がった。彼は畳みかけるように語ってゆく。その声はまるで、林檎に流し込まれた毒のように。


「キミたちは天使という座にあぐらをかいて、与えられた仕事だけやってればいいと思ってるよね? けど、ボクは違う。使ボクには、キミたち天使が失ったものがある。向上心とか、上昇志向とか、野心とか」

「……」

「例えば、そうだなぁ……、とか?」


 幼女の姿の天使が息を呑んだ。ソレは流れるような金髪を揺らし、溢れんばかりの笑いの衝動を押し殺す。その笑顔は子供のように無邪気で、筋骨隆々の天使の首筋を汗が伝う。落ちる沈黙を、ソレは衝撃のあまり何も言えないのだと解釈した。


「まぁ、見てなって? 嫌われ者の『死の天使』の中から、カミサマに昇進する人が出たら……君たち的にも都合がいいじゃんね? だからボクがどれほど勝手しても、静観してるんでしょ?」


 天使たちはただ俯き、唇を噛むことしかできない。それを知ったうえで、ソレはくすくすと笑い声を立てる。ニンゲンから成り上がった彼に、神への忠誠心など欠片もない。ただ、頂点を目指すだけ。

 もとよりこの戦いは『神の代理戦争』ではなかった――仕える神を持たぬ天使が、自らの力を神に示すために買って出た戦い。未だニンゲンとしての欲が抜けきらぬソレは、無数の魔法陣の一つに視線を投げた。


「だから、ね。それなりに期待してるよ……」


 眼球のような魔法陣に映るのは、焼肉を囲んで笑う少年少女の姿。その中心で、金髪をツインテールにした少女が笑っている。彼女すら、ソレにとっては都合のいい駒でしかないけれど……今回の立役者として、名を刻んでやってもいいかもしれない。頭の片隅に浮かんだ気紛れに、ソレはあえて身を委ねる。


「……MDC。マチュア・デストロイド・カンパニー」

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MDCの少年少女 東美桜 @Aspel-Girl

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