第3幕 逆転

 散乱する瓦礫。乾いた風にそよぐイグサ。荒廃した遺跡のようなファストフード店の跡地に、醜悪な男の笑い声が響いていた。自ら崩壊させた店の瓦礫を踏みつけ、哄笑を響かせる。首元に巻きついていた鎖が、千切れてだらりと垂れた。


「ギャッハハハハ! こんだけすりゃあ流石に死んでんだろ、ザマァミロ! ……っと、そういえば、アレがあったな……」


 瓦礫を適当にどかし、転がっていた首輪を掴む。正直、素直につけたくはない。動きにくいのは嫌いだし、縛られるのはもっと嫌いだ。舌打ちののち、彼は首輪の留め具を外し――反射的に、それを投げ捨てた。

 じゃらり、鎖に似た音が耳に届く。それはあの少年の置き土産。首輪に見せかけた鎖を用い、相打ちを狙ったのだろう。だが、そう簡単に騙されるような男ではない。


「……チッ。メンドクセェな……『オーツー』」


 呟くと同時に、周囲を満たすイグサがざわめく。同時に風が起こり、瓦礫を一つ一つどかしていった。重い瓦礫は適当な場所に飛ばし、金属製の首輪の在りかを識別していく。

 ――と、ボーイの瞳に、蠢く鈍色が映った。半球状の鈍色が、時折芋虫が這うように蠢いている。いや……あれは、鎖。高い密度で編み込まれた、ドーム状の盾。


「――ッ!」


 あれは対戦相手だとしか思えない。まさか、鎖を編み込んで盾にしたとでもいうのか。そんなことが物理的に可能なのか。だが――そんなことはどうでもいい。


「しぶてぇな……メンドクセェ。けどまぁ、やりようはいくらでもあンだろ」


 ――殻ごと切り伏せて、殺せばいい。


 だが――と、男はふと大剣を下ろした。思い出すのは、先程鎖で縛り上げられた剣。対戦相手は今も生きているのだろう。ならば、芋虫のように蠢く鎖も生きているということだ。この盾は罠で、剣を縛りあげて武器を奪う魂胆だろう。ならば――と、彼は足元に広がるイグサの草原を眺める。やりようは、まだまだいくらでもある。


「――『ハイドロ』!」


 その声に呼応するように、イグサが一斉に震える。その葉の一本一本から小さな水球が生まれ、一つ一つが合体し、巨大な水球と化した。それは半球状の鎖の真上に配置され――男が勢いよく片手を下ろすと同時に、それは大質量の滝となって、鎖に降り注いだ。

 金属相手に風魔法は分が悪いだろう。ならば水だ。大質量を持つ水で押し潰せば、どうにでもなる。滝が激しく落ちるような音とともに、鎖のドームはあっさりと凹んで――


 ……凹んで?


 違和感に、鎖のドームに歩み寄る。水による腐食で動きが鈍った鎖が向かってくるけれど、全て剣で叩き落とした。しかし、バラバラと崩れたドームの中には。


「……誰もいねぇ、だと……!?」


 そう――そこは、もぬけの殻だった。

 激しい舌打ちを響かせ、男は魔法のじゅうたんを呼び寄せる。軽く跳んでそれに飛び乗り、あの赤髪の少年を探そうと目を凝らしはじめた。



「はぁ……危なかった……」


 近くの公園の木の影。指定された首輪をつけ、もう一本の首輪をくるくると指で回す千草がいた。背後の木の枝には、端が欠けた一本の鎖が絡みついている。

 隕石が落ちる寸前、瓦礫に隠れながら鎖をどこかの木に巻きつけ、すんでのところで離脱したのだ。ついでに罠も張っているけれど、あれは流石に効果は薄いだろう。


「向こうは確実に僕を殺しに来るよね……さて、ここからどうしたもんか――」

「どうもこうもネェダロ? ギャッハハハハ!」

「――!?」


 響く声は、上空から。顔を上げると、金色の瞳に映るのはじゅうたんに乗ったウェイター服の男。反射的に四方に鎖を張り巡らせてバリケードを作るけれど、いかんせん、先程の店内に比べてフィールドが広すぎる。あっという間にイグサに変じる地面、空中に次々と浮かんでゆく水球、天から降り注ぐ無数の隕石。


(――まずい)


 この場から離脱するにしても、あの男はどこまでも追ってくるだろう。トラップの使用が難しい分、こちらの方が分が悪い。おまけに向こうは空中だ。それでも勝機を探して、周囲に視線を走らせ――そして、見つけた。


 ふよふよと浮かぶ小型UFO。山と積まれた無数のハンバーガー。あれを先に食べきって逃げれば――いや、そんなことが可能なのか? 必死に頭を回転させつつも、千草は片手に握った首輪に視線を向ける。それを軽く放り投げ、四方八方から鎖を絡ませて――。


「サセルカよッ!!」

「止まってて――!」


 追加で鎖を召喚し、男の全身を縛りつけようと差し向ける。それを男が電気コードで叩き落としている間に、男の分の首輪は高い音を立てて引き千切られた。小さな破片となって砕け散る首輪を横目に、握った鎖を競技会場の近くの自販機に巻きつける。それを勢いよく縮めて、軽く身を捻って隕石を避けながら自販機へと向かっていく。


「――ッ! 『グランド』!!」

「やばっ……!」


 地面から突き出てきた石柱をギリギリで回避し、自動販売機を蹴りつけてハンバーガーの前に向かう。一つ手に取りかけて……首筋を、ひどく嫌な予感が焼いた。


「……?」


 ――それは、表面に『高月さん印』がつけられた、謎のハンバーガーだった。

 赤黒く染まったトマトソースハンバーガーと、真ん中に挟まった真っ白な豆腐。そして……試しにバンズを引っぺがしてみると、謎の黒い棒が数本挟まっていた。

 名付けて『レバノンバーガー・アトミックスペシャル』である。


(えぇ……これ食べるの?)


 見るからにヤバいこれである。それを呆然と見つめていると……千草の腹部を、太い剣が貫いた。


「……っ!?」

「ギャハッ、捕まえたぜェ……!」


 耳元に迫る、醜悪な声。大剣に貫かれた腹はじわじわと出血を始め、脳裏を爆発的な痛覚信号が占領してゆく。内臓が掻き回される醜悪な感覚に、千草は口から零れようとする悲鳴を噛み殺した。


「戦闘中によそ見はイケねぇなァ? ホラホラ、お得意のトラップにチョコマカ動く機動力はどうしたんだよ? 勝機を掴んだと思ったら隙を晒して、ザマァネエな! ……ハハッ、そうだ」


 一度剣を引き抜き、膝から崩れ落ちた千草の背中から剣を刺し直す。完全に地面に固定された彼を一瞥し、テーブルの上に置かれたハンバーガーを一つ掴む。その中から黒い棒を数本まとめて引きずり出し、醜悪な怪物のように微笑んだ。


(……え、待って、こいつ、まさかッ!)

「イイネ、イイネエ、その絶望顔。その通りだ、これを! オマエが!!」

「……ッ!!」


 抵抗しようにも、剣で地面に縫い留められた身体では何もできない。痛みで意識が朦朧とするのがせめてもの救いか。視界が涙で滲んでいく。拒否しようにも、声が出ない。

 それでも声を出そうと開きかけた唇に、明らかに食用ではない黒い棒が押し込まれた。喉の奥を突かれる感覚に吐き戻しそうになるけれど、男の手はそれすらも上書きするように蠢き、まず一本を喉の奥に押し込んだ。


「ぅ、ぐっ……!」


 黒い棒の正体は、高濃度のウラン棒である。それが胃に落ち、ゆっくりと消化を開始され……身体の内側から、ひどい火傷が広がっていくような感覚。先程とは比べ物にならないほどの痛覚信号で、脳裏が爆発してしまいそうだ。涙で滲んだ瞳から光が失われていく。剣で身体を串刺しにされたまま、抵抗すらできない。指先をかすかに痙攣させるのが精いっぱいだ。助けを求めようにも、目の前の男はきっと助けてくれない。


「ギャッハハハハッ! 最後の最後でイイ死に様が見られて、感謝感謝だぜ! ザマァミヤガレ……ギャッハハハハ!」


 醜悪な笑い声、嘲笑うような哄笑。

 耳元で反響するそれは、徐々にフェードアウトしてゆき……やがて、途切れた。



「ハハ、ハハハハッ……ヒィ……」


 一通り笑ったのち、男はうつ伏せに倒れた少年を見下ろした。軽く蹴ってみても、動く気配はない。男は転がった死体から興味を失ったのか、周囲を見回した。見渡す限り人間はおらず、ただただイグサの草原とハンバーガーだけが広がっている。


 と……男の身体が、帰還の光に包まれ始めた。同時に少年の死体も同じ光に包まれ始める。テーブルの上には相変わらず大量のハンバーガーが広がっているけれど、それでも帰還の光に包まれつつあるということは。


(引き分け……か? あの時こいつは俺の分の首輪を破壊していた……つまり俺は勝利条件を達成できない、失格……そしてこいつは死んだ……ッ!)


 ――まさか、こんなところで。


「クソガ……クソがぁぁぁあああああアアアアアアアア!!」


 イグサの草原に響き渡る絶叫とともに……二人の姿は、競技会場から消滅した。


【結果】

【両者、死亡ならびに失格となったため、引き分けとする】

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