幕間
「ねー皆聞いて! あたし死んだよ!」
「……なんて?」
帰還した紅羽の声に、千草は思わず問いを返した。血のように赤いジャンパースカートの裾を翻し、オフィスをくるくると踊る彼女。そこに突き刺さるのは、窓際に立つ真冬の冷ややかな視線。
「……つまり、負けた?」
「まーね。そもそも競技内容聞いてもよくわかんなかったし。とりあえず対戦相手くんと戦ってぇ、負けちゃったぁ! あはっ」
愉快そうな笑顔を浮かべる彼女は、勝ち負けなどどうでもいいのだろう。ただ、空腹を満たせればそれでいい。ソファで眠っていた霧矢が薄目を開け、興味なさそうに再び眠りに落ちる。ふと、千草の隣から深いため息が聞こえた。いつの間にスイッチが入っていたのか、光のない瞳が紅羽を一瞥する。
「あはっ、じゃないです。競技内容はどういうものだったんですか?」
「えっとねー、なんか……忘れたぁ」
「はぁ……いいですか、紅羽さん。まず競技をしてください。脇道にそれないでください。ふざけてるんですか?」
「ふっ、ふざけてないもん! あたしだってあたしなりに全力で戦ったもん!」
「あーあー、うるせぇ。まともに寝られねえじゃねえか」
「ちょ、皆、ストップ!」
慌ててそんな一同を押しとどめ、千草は深く溜め息を吐いた。普段彼らをまとめ上げる役割の唯は、まだ競技から帰っていない。こんな彼らを自分一人でまとめられる気がしない、と、彼は窓際に立つ真冬に声をかける。
「ねえ真冬、君も何か言ってよ……」
「……興味ない」
言い放ち、ふいっと彼から顔を背ける真冬。望みの糸を無慈悲に断ち切られ、千草は困ったように頭を掻いた。と、紅羽がかくりと首を傾げる。
「そういえばさー、あの『飢えし獣』くん、いるじゃん?」
「うん、いるね」
「あの獣くんに名前つけてあげようと思うんだけどさ、何かいい案ないかな?」
その言葉に、千草はかすかに目を見開いた。もともと紅羽は自らの
「うーん……正直、紅羽がつけた方が、『飢えし獣』くんも喜ぶと思うよ?」
「いやいや、真面目に『上腕筋』しか思いつかないんだって」
「えぇぇ……」
……思ったよりネーミングセンスが壊滅的だった。
四人がそれを悟るまでに、そう時間はかからなくて。即座にマシなネーミングを考え始め、最初に口を開いたのは霧矢だった。
「なァ、普通に『ポチ』とかじゃダメなのか?」
「なにそれ。霧矢センスなーい。却下」
「適当に『出し殻』とかでいいんじゃないですか?」
「それ出汁取ったあとのカスだよね!? 骨じゃん!! 却下!!」
「……『フリードリヒ・ヴィルヘルム』」
「長すぎ却下ぁ!!」
言い放ち、肩で息をし始める紅羽。同時に沈黙が落ち、一同はかの『飢えし獣』に思いをはせ――と、紅羽がポンと両手を叩いた。
「そぉだ! 『レッドカード』なんてどうかなぁ!?」
「……レッドカード、だァ?」
「そうそう。『最終手段』って意味と、『あたしの指示を聞いてくれない』って意味をかけてみたぁ! あはっ」
気に入っているのか、赤錆色のジャンパースカートを翻してくるくると踊る紅羽。雫は光のない瞳を大きく見開き、信じられないとでも言いたげに彼女を見つめた。
「……よくそんなの思いつきましたね」
「や、なんか頭にフッと浮かんだ。あたしもやればできるんじゃない!?」
「……3×8=?」
「サンバ……?」
唐突に放たれた真冬の言葉に、ゆっくりと首を傾げる紅羽。その頭上に浮かぶ大量のクエスチョンマークに、一同の溜め息がオフィスを満たした。
――と。
「……ただいま」
「お帰り、社長。どうだった?」
「負けたわ。負けたけど……傷跡くらいは残せたかしら。生き残っただけ万々歳……ってところかしらね」
社長の帰還。だからといって跪いたりは別にせず、一同はごく自然に彼女を出迎える。唯は社長専用のデスクに腰を下ろすと、疲れ果てたように息を吐いた。
「全く、何なのよ……どこぞのテレビ番組だったらしいけど、隅から隅まで狂ってたわ。“力”が効力を発揮しただけマシだったけど。対戦相手もなんだかんだで厄介だったし……」
「ん、どういう感じだったの?」
「六人で一人の男? 最終的に硫酸に溶かされて死んでたわ」
「え……?」
理解できないとでも言いたげに口元をひくつかせる千草。だが、実際そうだったのだから仕方がないだろう。と、唯は何かを感じたかのように顔を上げた。立ち上がり、デスクに置かれたスマートフォンを掴む。その画面を見つめ……次に唯が視線を向けたのは、相変わらず来客用のソファに寝転がっていた少年。
「――お待たせ。出番よ、霧矢」
「おっ、やっとかァ? 待ちくたびれたぜ」
半身を起こし、霧矢は大きく伸びをした。中学校の半袖夏服が間接照明に輝く。彼はソファから飛び降りると、ベルトの両側に差したジャックナイフに触れる。
「どんな相手だったとしても、要はブチのめしゃいいんだろ?」
「紅羽さんみたいなこと言わないでください。あくまで競技ですよ?」
「ハッ、何言ってんだ雫。この戦いに常識なんざ要らねぇだろ?」
「……それもそうですね」
「簡単に納得しないで、雫」
静かにツッコミを入れ、唯は小さく息を吐いた。苦笑している千草、未だになんか踊ってる紅羽、そして興味なさげに視線を逸らす真冬。霧矢はやる気満々そうにジャックナイフを素振りしつつ、堂々と言い放った。
「そんじゃ――遠慮なく、ブチかましてやるぜ!!」
◇
【SPECIAL THANKS】
レッドカードという名をつけて下さったKEIV氏に、心からの感謝を!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます