4th battle:夜久霧矢vsカーク・ガンカッター

第1幕 ぼくしんぐ

「……ンだ、ここぁ……?」


 最初に目に入ったのは、ボクシングの試合が行われると思われるリング。遠方に目を凝らすと、サンドバッグやらエアロバイクやらランニングマシンやらが並ぶスペース。反対側に視線を向けると、主にトレーニング器具が並ぶスペースの向こうに、一台の自動販売機。総合して考えると、ここは。


(ボクシングか何かのジム……かァ?)


 霧矢自身は、その片隅のベンチに腰を下ろしていた。自分の格好を見下ろすと、いつもの半袖夏服の学生服。腰には二本のジャックナイフ。問題はない。立ち上がり、周囲を見回すと、二人の男が視界に入った。向こうのリングにでかでかと書かれているマークと同じロゴがジャージについているあたり、ここの関係者だろう。


「やあ。君が夜久霧矢くん、だね?」

「……あァ? そうだが」

「初めまして、だな。私は君の担当になったトレーナーの、西田という」

「同じくセコンドの樋口といいます。よろしくお願いします、霧矢くん」


 西田と名乗った方は上背が高く、おそらく180cm以上はあるだろう。その動きには無駄がなく、ジャージ越しにでも引き締まった肉体を持つことがわかる。日焼けした浅黒い肌に人のよさそうな笑顔を浮かべ、片手を差し出してくる。

 樋口の方は、線は細いが痩躯というわけではない。恐らく、彼もそれなりに鍛えているのだろう。優しそうな笑顔を浮かべてはいるが、切れ長の瞳に宿る光には隙がない。片手を胸に当て、礼儀正しく一礼する動作は洗練されている。

 そして、そんな二人の様子に、霧矢はあっさりと理解した。


(――あ、この競技、ただのボクシングだわ)


 悟った瞬間、彼は盛大に肩をすくめた。文句を言いたげな三白眼が二人を見上げる。彼は他人をボコすのは好きだが、このようなスポーツはろくにしたことがない。しかし、その視線をどう受け取ったのか、二人は顔を見合わせた。短い沈黙を挟み、すぐに西田が口を開く。


「あれ、もしかして、君……ボクシングは初めてかい?」

「……まァ、そうだが……」

「わかりました。それではルール説明からですね」


 実演やらなんやらを挟みつつ、軽快にルール説明を行う二人。舞台上で行われているかのような一連の説明に耳を傾けつつ、霧矢は考える。


(本当に特殊ルールなんざは紛れ込んでねェ、本当にただのボクシングみてェだな。まァ、社長が行ったみてェな、一切ぶん殴れねェ競技よりかはマシだが……)

「……だいたいわかったかな?」

「おう、ざっくりとは」


 考えを巡らせつつも、あっさりと頷く霧矢。その程度の理解力なくして、前世で稀代の殺人鬼などにはなれていない。ついでに、気になったことをいくつか矢継ぎ早に問うてみる。


「直近にデケェ試合とかはあんのか?」

「ああ、君に出てもらう試合が1か月後にある。観客が万単位で入れるスタジアムで行われるという話で、チケットは既に完売。加えて世界中継にもつながっていて、注目度はとても高いぞ」

「対戦相手はどんな奴だ?」

「……こちらには、まだ情報はきていません。反対側のジムにいるという情報はありますが……」

「このジムから外に出ることは?」

「それはできない……という話になっている。申し訳ないがな」

「……だいたいわかった」


 肩をすくめ、霧矢は大人しく頷いた。恐らく、その試合で対戦相手に勝つことが、この競技の勝利条件だろう。ならば。


(逮捕された時あんときみてェな恥は、絶ッ対に晒さねぇ……妥協も手抜きもしてたまるか。何をしてでも、絶対に、勝つッ!)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る