第2幕 どうしてこうなった

「……ご飯なくない?」

「は?」


 多重プラットフォームに到着した紅羽、その第一声がこれだった。理解不能とでも言いたげなアルの声も仕方ないだろう。周囲を見回し、人影を探すけれど、そんなものはいない。大斧を素振りしつつ、紅羽は隣の少年にそれとなく話しかける。強い風にポニーテールが暴れ、血のように赤いジャンパースカートが雨に濡れる。


「ねーねー。アルくんだっけ?」

「あ?」

「お腹すいたんだけどぉ」

「知るかよ。つーか、さっきまでジャーキー食ってただろうが」

「ジャーキー飽きた。ところでキミ、健康には気ぃ遣ってる?」

「健康だぁ? んなもん知らねぇよ……」

「お肉って美味しいよねぇ」

「まぁ、肉は好きだが。にしてもお前、言ってることが支離滅裂――」


 そこまで言ったところで、アルの脳裏にとある可能性がよぎった。先程まで彼女が齧っていた妙な色のジャーキー。支離滅裂な言動。そして、彼の身体を眺める光のない瞳。まるで豚でも見るような……しかし、敬意すら払っているような。それも宗教的な崇拝ではなく、むしろ冒涜的な敬意――。


 まさか――と思うが早いか、大斧がアルの首筋を狙う。すんでのところで跳び退り、手を伸ばす。


「あはっ……やっぱりそう簡単には食べさせてくれないかぁ?」

「当たり前だろ? でもって、どうやらみてぇだな? なら、こっちも本気出していいよなぁ? 〝劫焦炎剣レーヴァテイン〟……!」


 地面から引き抜かれたのは、燃え盛る両刃の剣。自ら生み出したそれを握り、彼は好戦的に歯を見せて笑う。それは、北欧神話に登場する剣。世界樹の頂に座している鶏をも殺すことができるという、悪神が鍛えた伝説の剣――レーヴァテイン。


「ええええええ待って待って待ってそんなのアリ!?」

「勝てればなんでもいいんだよ! オラァッ!!」


 一閃。すんでのところで身を捻って回避するけれど、その斬撃の跡をなぞるように大炎が爆ぜる。重々しい爆発音、降りしきる雨すらも蒸発させてしまうほどの熱。紅羽のポニーテールの先が焦げ、フライパンの上の魚のような音を立てる。


「ストップ、ストップ! あたしのローストヒュームは美味しくない、よっ!?」


 とか言いながら斧を構え直し、紅羽は地を蹴る。脳天をかち割ろうと振りかぶられる大斧、それを迎え撃つは炎の剣。競り合う二つの刃、しかし斧の側が高熱に歪んでゆく。紅羽はそれを悟って飛び退るけれど、同時に襲い来る爆炎。軽く地を蹴り、バック転で回避するけれど、それでもジャンパースカートの裾が軽く焦げついた。


「おーおー、どうやら身体能力はすげぇみてぇだな! だが超人的って程じゃねぇ。一般人にしてはスゲェかな、とかそんくらいだ」

「まーねぇ。あたしの天賦ギフトは身体強化じゃないしぃ? 体力はそこそこある方だと思うけど、それでも限界はあるよー」

「そりゃそうだろ。妖魔のオレだって、武器を生み出すのに体力使うんだ」

「よーま?」


 子供のようにきょとんと首を傾げる紅羽。対し、アルは当然だとでもいうように肩をすくめる。

 ――妖精種にして、人外特有の現象『反転』により悪魔へと半堕ちした混合二種ダブルミックス、それがアルの正体だ。五大属性の金行に特化した彼は、金属を自在に操ることができ、特に金属から武器を生み出す能力に優れている。しかし、語り継がれる武器の性質は人々の畏怖畏敬の感情集積から変化するため、神話等に登場するような武具は生成に多大な体力を使うのだ。ただし北欧にルーツを持つ『魔法の金属細工師』アルヴたる彼は、北欧神話系列の武装は比較的少ないコストで生み出すことが可能だという。


「とにかく、限界がねぇのは神様ぐらいなもんだろって話だよ」

「カミサマねぇ……んー、確かに」

「だったら勝負しようじゃねえか、どっちが先にたおれるかッ!」

「いいね、いいねぇ! じゃあ負けた方が食糧ね! いっくよー!!」


 ……というか、競技そっちのけで殺し合いが始まった件について。

 そして、それに対してのツッコミ要員が誰一人いない件について。


 片や余裕綽々の妖魔、片やミッションに興味がない悪食少女。

 そんなヤバめの戦闘が、今、ここに幕を開ける――!?

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